その病棟は、確かに、山奥にあった。
それがどの県のどんな町なのかは分からない。北国の高山植物に覆われた山中であることは、植物や自然に弱い私にも想像できた。寒い地域なのだ。しかし、何故か寒さは感じない。
私は毎日のように担当の医師と「質疑応答」を繰り返していた。
「それで、新宿で声を掛けられた時の様子を、もう一度話してもらえますか?」 担当医師は繰り返した。
「先生! この話はもう何度となく話していますが‥。」
「そうだったかな? でも、まだ、君はきちんと答えていないよね。」 医師は語気を強めて言った。「私だってね、何も同じ話を何度も何度もするつもりはないんだ。しかし、佐々木さん、あなたが本当のことを話そうとしないから、どうしても聞かざるをないんだよ。」
「本当のこと? 」
私が話しているのは、私自身が体験したほんの詰まらないことではないか? それを、何か事の重大さを理解していない男に対して言い放つような質問の繰り返しに、どんな意味があるのか?
「本当のこと? 」
「そう、本当は、あなたは何を見てきたんだ? 」
「何って、私は何か大変なものを見たとでも?」
「大変なものかどうか、それは問題ではない。あなたが見たことの事実が聞きたいんだな。」
「でも、何度も話していますよね? 」
「いや、佐々木さん! あなたは、まだ何も話していない!」
‥‥‥
私は新宿の雑踏に立っていた。
駅前には、大型の液晶ビジョンが何台もビルの壁面にへばりついて、激しい映像を流していた。何気なくその映像を見上げていると、臨時のニュースが流れ始めた。
「昨夜、30年前に宇宙に旅立った宇宙船が、地球に不時着した事件の続報です。宇宙船の乗組員のうち飛行士佐々木さんの生存が確認されました。保護された佐々木さんは、その日のうちに国家病院に入院しましたが、今日未明、佐々木さんが病院から抜け出し、行方不明になっていることが分かり、警察で行方を追っています。」
何だ? これは何かの映画の宣伝か?
次の瞬間、私は屈強の大男に両脇を抱えられていた。
「佐々木さんですね?」 強圧的な物言いだった。「ご一緒に来ていただけますね?」
「ええ。私は佐々木ですが‥」 私が何をした? 「でも、何ですか?」
私は、大型のバンのようような車に押し込められた。これは何だ?
「ちょっと、やめてもらえませんか? 私がこんなことされる理由はないでしょ? 何なんですか!」私が激しく抵抗しようとすると、屈強な男の一人が言った。
「佐々木さん、ゲームは終わったんですよ!」
(終り)