「web2.0的集合知」と「熟考された知」の違い | 考える道具を考える

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 「web2.0的仕事術」(PHP研究所刊 2007年1月12日発行)というハウトゥ本がある。起業コンサルタント丸山学さんが著した「弱者が一瞬で強者に変わる‥仕事術‥‥」というサブタイトルがついている。

 要は、他人の力をフル活用して稼ぐ方法だという。

 知の集積のためには、従来から、個人の膨大な努力が基盤となって、少しずつ蓄積した、いわば仕事のコツ、ビジネスのコツみたいなものが必要で、それは時間がかかるものであるとされていた。

 しかし、web2.0の時代は、自分で蓄積したノウハウだけに依存してビジネスを構造化するのではなく、ネットを活用して誰でもが自由に「書き込める広場」をどのように魅力的にするかが大切で、その仕組みを設定することによって、一瞬に何万人もの人々の知を集積することができる‥という構造を説明している。

 ウィキペディア‥アマゾン‥そしてアクセス数が短期間に集中するグルメサイトや学習サイト。

 こうした成功事例? を引き合いに、新しい時代の知の集積について書いているのが、この著作だ。

 ‥‥

 なるほどね。人が人を呼び、小さな個人の知が集積されて膨大な知の集積が可能になる時代。それを利用する人が、今度は自分の知を提供するというスパイラルの原則が、様々な知の可能性を創造していく‥。何か美しいお話だね。

 さて、私は、小林秀雄の「考えるヒント」を長い間読み続けている。そして、新潮CDで、小林秀雄さんの講演の生録音を聴き、その肉声に感じる「気概」というものに感嘆している。批評家の時代を読む慧眼に、自らを奮い起こしている。

 小林秀雄さんは言う。「考えることは誰でもできる。どんな本を読んでも、考えることはできる。それは、その言葉の中に、何かを読み取ろうとすればいい。何故、この文章を書いたのか? 彼は何を表現したかったのか?」

 考えること、考え続けることによって生まれる知の価値。webに集まる集合知が全て価値がないとは言わないが、集合された知が評価される価値軸がなければ、単なる雑音の集合体なのでしょう。誰かが、編集するという作業を通じてしか、知は知覚されないと思うのですね。

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 本居宣長を書き終えるのに10年の年月をかけ、じっくりじっくり知を熟成させた小林秀雄さんのこの個人の営為を、私は本当の知の創造だと考えている。

 一瞬にしてネット時代の膨大な知の集積を実現したweb2.0というもの。しかし、熟成された知の集積のないフローの情報の蓄積に、どのような価値があるのか、今のところ私には分からない。

 すれ違う数万の人々のざわめきを聞くより、一人の賢人との対話にこそ、私は知の価値があると、そう思っている。