玄侑宗久禅師 「江原啓之ブームに喝!」を読む | 考える道具を考える

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玄侑江原 
 久々にわが心の師、玄侑宗久禅師が月刊「文藝春秋」に登場した。

 寄稿のタイトルは、「江原啓之ブームに喝!」。そしてサブタイトルには、「彼をもてはやす現代の病いを現役僧侶作家が鋭く衝く」とあります。

 これは、インチキ心理カウンセラーに、ようやく喝が入るのかと楽しみにしてしまう人が多そうなタイトルではありますね。しかし、禅師玄侑さんの著作を熟読している人は、僧侶がいちいち他の宗派や教義を批判したりすることはないのだということを知っていますね。

 そう、真に優れた仏教者は、全てを受け入れるという深い懐があるのですからして、スピリチュアルブームに対していちいち文句をつけるようなつまらないことはしないのです。

 ‥‥

 一読して、やはりそうでしたね。スピリチュアルブームを呼び起こした江原啓之という人物に対しても、極めて客観的、分析的な評価をくだしているこの寄稿では、江原ブームそのものよりも、そうしたブームに走る現代の30代までの若者たちに対する洞察を行っているのです。

 そして禅師はいいます。

 ‥‥江原氏のことがこれほどまでにもてはやされるのは、現代の日本人が「個性」というものに疲れているということに大きな原因があると思う。‥‥そして、‥‥学校でも「個性を大切に」と教え込まれ、「個性をもたなくては」という脅迫観念を植え付けられ、「自分探し」をしなくてはならないのが現代の日本人だ。‥‥

 だから疲れた若者達は、江原氏によって自分に都合のよい前世や守護霊などを持ち出してレッテルをはってもらうことによって、ほっと安心するだという。なるほどね。

 清濁併せ持つのが人間。だから、禅師はいう。‥‥現在は江原ブームを支持する側も批判する側も、あまりにも「正しさ」にこだわりすぎているように見える。‥‥と。

 真理は一つと思い込みたい時代の空気。あるいは教育。正しさへの偏見。そして、清らかな部分だけを指摘した個性。真理などというものは、それぞれの生まれ育った世界に、それぞれあるものだと思ったほうがいい。そのほうが、ずっと楽ですよ。魂が一つしかないなんて思わなくてもいいのですね。

 ‥‥だが、ことによると、魂は六つかも知れないし、三十二個かもしれないのだ。そう考えた方が人生は豊かになるのではないか。‥‥

 まったく同感です。