
東京上野の東京国立博物館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ‥天才の実像」展が開催されている。
再び三度、ダビンチの作品を日本で見ることができる。ファンの一人として、大変嬉しく思います。
今回の作品展は、ダ・ヴィンチの処女作といわれている「受胎告知」を元にして、天才の業績の全体像を見てみようという趣向に思えますね。
そして、この展覧会に呼応して、脳科学者 茂木健一郎さんが「天才論 ダ・ヴィンチに学ぶ『総合力』の秘訣」(写真 朝日新聞社 2007年3月27日刊)が発行されました。
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ダ・ヴィンチについては、昨年の映画「ダ・ヴィンチ・コード」に触発されて、様々な分析や評価がなされています。モナリザや最後の晩餐などの絵画だけでなく、建築、自然科学、航空工学、解剖学などの基礎を形作ったことや、鏡文字で書き残された様々な手稿(私はその中でもレスター手稿が一番好きですが‥)によって、その天才ぶりと謎が話題になっています。
茂木健一郎さんのこの著作「天才論」は、インタビューの内容を文章化して作成されたものですが、もっぱらダ・ヴィンチが持つ「ふたつの目」の同時存在に天才の天才たる所以があると説いています。
ダヴィンチが天才であることは‥ふたつの目を用いて、世界を見ることができたらだ‥ということを前提として、こんな風にお話しされています。
‥‥「人間の身体を、人間が組み立ててつくる機械を見るのと同じように見ること、そして、どれほど注意深く世界を観察し、記録してもなお残る『生きることの謎』を、恐れることなく見つめること。レオナルドの世界観は、かくも幅広いスペクトラムを持っていました。」‥‥
つまり、解剖学にも通じた、冷徹なスケッチと考察により、ダ・ヴィンチは人間を機械として見て客観的な分析を積み上げた。「人間とは何か?」
そして、そうした科学的分析を極めてもなお、人間にはさらに深い謎が存在することに気づいていたダ・ヴィンチは、その謎を解くために絵画に向かった‥とこんな解釈をしているようです。数少ない絵画は、光と影の対比技法により、より謎を深めていくかのように‥。
天才が持つ「二つの目」の総合力が、ダヴィンチの謎を解く鍵であるという考え方ですね。
なるほどね‥。
しかし、ダ・ヴィンチの処女作とされているこの受胎告知の作品は、ある意味極めて機械的な構造性を持っていて、描写のリアリムズという技術を駆使することによって、さらに謎を仕掛けていくところに面白みがあるようにも思えるのですね。分析的に評価すれば、一点透視の構図の中に、平面でしか描けない絵画を立体化しようと試みていることなど(どうやらこの絵は右斜めから見るのが正しい見方らしい‥)。
まあ、それはともかく、茂木健一郎先生の「天才論」では、受胎告知の作品そのものにはあまり言及されていないのが残念ではありました。
それにしても、この著作の中で、最も記憶に残ったのは、実は、web2.0の梅田さんが放ったこんな言葉でした。
‥‥「知は万人のもので、万人に調べられることを求めている。」‥‥
結局、天才は、万人に調べられることを求めて、描いていったのでしょうか?