競技スポーツを「楽しむ」という感覚 | 考える道具を考える

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 春の選抜高校野球大会が、阪神甲子園球場で開催されている。最近のプロ野球は殆ど観戦することがなくなったが、高校野球だけは、何かと気になる大会で、春夏併せて比較的テレビ観戦する機会が多い。

 ところで、ずっと気になっていた言葉があります。それは野球だけでなく、学生のスポーツ選手諸君のインタビューの中で「楽しめた」とか「応援してくださった皆様に背中を押されて‥」とかの返答が頻繁に登場してくることですね。、実は、こういう言葉が出てくるのにいつも驚きを隠せないでいるのですね。

 私も学生時代はスポーツ少年で、暗くなるまで猛練習に耐えていたのを思い出します。

 練習やトレーニングの内容は、昔と今では極めて大きな違いはあるでしょうが、一年中好きなスポーツをやっていても、苦しいことばかりだったという記憶以上に、楽しめたという記憶がないという実感があります。

 それが、今の学生の皆さんは、まるで自己暗示でもかけるように、楽しむことができたと表現しています。この変化には、強烈な違和感を感ぜずにはいられません。本音で‥。

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 違うといえば、例えば、水分補給の考え方も、昔とは随分違っていますね。かつては、練習中に水を飲もうものなら、パンチの嵐にあったものですが、現代では、スポーツ性ドリンクを十分に補給して練習をするのが当り前になっています。指導者もそう指示しています。

 科学的に考えれば、体力を酷使するスポーツに水分補給は欠かせないものではありますが、昔は、心の鍛錬とでもいうものが最優先されて、前近代的なトレーニングを随分やってことになりますね。

 そして、野球でいえば、ピッチャーマウンドで、笑顔で投球している子供が多い場面を見て、日本のスポーツの近代化もようやく世界のレベルに達してきたのかも知れないと思っているのです。

 その象徴が、ボストンに入った松坂投手なのではないかと思いますね。だから、松坂投手には、どうしても良い成績を残して欲しいと思うのです。