格差社会論のナンセンス | 考える道具を考える

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 日本は格差が拡大しているのでしょうか? 何かにつけて格差社会の到来を叫ぶ評論家、学者が多く、何だか洗脳されていくようで怖いですね。

 一昨日取り上げた吉本隆明さんの「真贋」を読むと、日本の社会構造的特色については、「所詮は長い長方形の中の、上、中、下だ」と指摘していたことに感心しました。

 つまり、日本の社会では、人々は非常に大きな長方形の中に、だいたい入ってしまい、その中での上と真ん中と下がある程度で、欧米やアフリカ、アジアのような、絶対な格差はないのだという指摘ですね。

 ‥‥

 国民オール中流社会などと揶揄された時代も長く、何をもってして、格差と呼ぶのか分からないというのが実感ではないでしょうか?

 例えば‥

 経済的格差? これは、もともと格差があるのが不思議ではなく、黙っていても賃金が上がっていくという経済構造がなくなって、実力社会になったために発生しているに過ぎないのでは? それも、年収が700万円なのか300万円なのか程度の違いで、これを社会が騒ぐほどの格差といえるのかどうか。

 男女間の格差? これはもう、私から言わせれば、日常生活では、圧倒的に実質的権力は女性の手にあり(これ私の偏見?)、田島何とかという元参議院議員のようなヒステリックな女性蔑視の社会などほとんどなくなっているように思えるのですね。

 健康的格差? 障害者の方々と接する機会が私には多く、確かに健常者に比較してハンディキャッパーにはまだまだ日本の社会は住みにくいことは確かですね。でも、これからは、どんどん社会システムの改善が進み高齢者や障害者の方々の行動が出来やすい社会に移っていくのであって、格差が拡大するとは思えませんね。

 さてさて、その他、どんな格差があるのでしょうか?

 私は、格差は人間の向上心を創造する分かりやすい指標だと思っています。格差を認識することで、努力の方向性も見えてくる。だから、格差があることにヒステリックになること自体に、問題があるように思えてなりませんね。

 ‥‥それにしても、格差のことで、何でこんなに興奮しているのか? あれ、不思議でした。