生誕1周年 ブログを書き続ける意味の変遷を考える | 考える道具を考える

考える道具を考える

The instrument which I think

三十三
 考える道具を考える‥何とも意味不明のタイトルをつけてブログを書き始めてから、2月に入って、やっと1年が経ちました。

 この写真は、昨年の2月の最初のころのページに活用した京都三十三間堂にある1001体の千手観音像です。本堂の内陣の柱間が三十三あるために三十三間堂と呼ばれているとのこと。

 本像の千手観音坐像(国宝)を中心に、左右に10段50列で500体ずつ千手観音立像が整然と並んでいる様は圧巻で、私が学生のころに京都一人旅をしていた時に最も印象に残った寺院でした。

 千一体の観音像は、仰いだ角度のままひとりでに一つのこらず拝めるように安置されており、その中には、会いたいと願う人の顔が必ずある‥‥専門のサイトには、そんな風に書かれています。

 ‥‥

 私が学生のころですから、既に30年以上も前のことです。

 しかし、今でも、鮮明な映像を見ているように、私の記憶の中に投射されている映像でもあるのです。

 何故かは分かりません。恐らく、人生の中で、最も感性が過敏な年代に、一人であることの孤独感の中で見た景色というものが、自分の意識のざわめきを反映させていた‥としか言いようがありません。

 他人に対する「優しさ」と、自分に対する「強さ」の狭間の中で、どんな自分を演出して生きていこうか‥そんなことを、結構真面目に考えていた時期でもあった筈です。

 そして、京都の古い町には、梶井基次郎が描いた「檸檬」の世界が、淡く流れていたこともありましたね。

 ‥‥さて、ブログを書き始めてから、やっと1年。そして、もう1年。これから、何処にいこうか?