現代「福袋」考 | 考える道具を考える

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 楽天福袋
 閑話休題。

 新年初売りの百貨店に、生まれて初めて(ちょっと大袈裟?)行ってみた。

 どこもかしこも「大福袋大会」の様相。そして、人ごみ。但し、午前中まで。写真は、楽天の福袋販売の画像。えっ? ネットサイトでも、驚きの福袋大会が花盛りであります。

 ‥‥

 多様化‥の時代だといわれて久しい。ファッションもグッズも、遊びに行く場所も、他人とはちょっと違う自分を演出したいという。

 だからか‥百貨店の福袋も、楽天の福袋も、中に何が入っているか、ほとんど分かるように出来ている。「開けてびっくり福袋!」の時代ではないのだ。

 では、中身の分かる福袋に、どんなお楽しみがあるんだろう? 値段が割安で、お得なお買物ができたという満足感? それとも家族で、玉手箱を開けるお楽しみイベントの開催のため? あるいは、彼女や彼氏へのプレゼント? そのまま、福袋買取り屋さんに持っていくことが分かっていても?

 百貨店にいたっては、福袋初売りが終わったら直ぐに、新春の大売出しが待っている。そこでも、割安のお買物ができるのに、何故? しかも、次に控える大売出しの情報も、消費者には十分に分かっているのに、それでも福袋には関心が高まって‥。

 ‥‥

 そして、つらつら考えた。これは、売る側も、買う側も、全ては「了解済み」で、お正月のイベントを演出しているのだと‥。

 買って得したというコスト感覚ではなく、季節感を味わう年初のイベント感覚でもなく、今や消費行動の意識は、売る側と買う側の共犯関係によるエキサイト体験の演出共感の現場に立ち会うことの満足感の獲得‥に変質しているのではないかと‥。

 とはいえ、私も、そういう共犯関係は大好きなので、紳士ものの福袋を一つ、静かに購入して帰ったのでした‥。