無意識という概念を発見したのは、あの有名な心理学者フロイトです。
人間は、全てが意識された世界の中で行動するのではなく、意識しない要因によって行動する場合がある。消費行動をとってみても、「衝動買い」などという行為は、「このブランドのジャケットを買いたい」という顕在化された動機によって購買するするのとは異なり、明らかに潜在意識が誘引している購買の形態であることは確かですね。
潜在意識と無意識は厳密に言うと概念は異なります。この二つの概念を同じ意味で使うのは間違っているかもしれません。しかし、意識されない意識‥というのは、明らかに仮説であり、それがないと説明できないから活用しているという意味で、潜在意識と無意識には同義的要素が多いといえば言えるでしょう。
私が着目しているのは、例えば、下のような絵です。
この絵はハインリッヒの法則と呼ばれ、人間の潜在的意識の存在を実証したハインリッヒさんの「1対29対300の法則」です。労働災害に関する実証的研究によって生み出されたこの氷河の絵は、ビジネスの世界に応用され、消費者の購買に関わる苦情について検討する場合に使われますね。
簡単に言えば、「何か不愉快だな」という感情を持った人間が、相手に対して「文句を言う」という他者も含めて明らかな行為を伴う場合の顕在化された態度を「1」とすれば、その水面下には、相手に伝えるという行為を伴う29倍の苦情が存在し、相手に伝えないが意識されている300倍の嫌悪感が存在するということをいおうとしているわけです。
但し、これは本当にそうかどうか、その後のコトラーなどのマーケティングの専門家が明らかにしていくのですが、どうやら、この構造は、人間の潜在意識は自ら意識しないものであるから、存在しないが確かに「ある」という種類のものであり、苦情を言いたいが言わなかった人間の記憶のどこかに格納されてしまう意識であるということですね。
この意識を「ひゃっとした体験」や「むっとした感情」などによって、その場でそれらの問題を解決しなくとも、明らかに記憶の中に置かれているだろうという意識と言い換えてもいいかもしれません。
人間にはこうした負の感情だけでなく、感動を伴うポジティブな感情も含めて、明らかに「言葉」に出して、あるいは動作身振りなどで表現しなくても、記憶の中に留まる感覚が確実に記憶の中に落とされていると考えることが自然なようです。
これらの集積された潜在意識を、ある種の方法で浮上させていこうとするのが発想法であり、従って、潜在化されている意識に意図的な刺激を与えて、「連想する力」を活用することによって、新しい発見が生まれてくるという構図になるのですね。
私達は、だから、全ての人にこうした体験的な記憶の存在が等しく存在するという仮説をもって、新しい発見や問題解決が可能だということを、まずは信じてみてもいいのかも知れませんね。
(参考 岩波講座・現代思想3「無意識の発見」、1993)から。フロイトについての記述を引用しておきます。
‥‥フロイトにとって「無意識の仮定は必然的であり、正当であ」った。なぜなら、われわれが日常的に経験する「動機のわからない思いつき」や「操作のいきさつが隠されている思考の成果」、あるいは「健康者の失錯行為や夢」、患者の「精神症状とか強迫現象」などの心理的現象は、「意識にのぼらない他の作用を前提としないと説明できない」。「無意識をそこに挿入してみると、これらの意識されたはたらきは、はっきりした関連のもとに秩序づけることができる」のである。
