「連想する力」 脳の筋肉の活用法 | 考える道具を考える

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 スポーツをしていて、自分が考えていることが、そのまま結果に繋がらないという、忌々しい経験をしている人は多いでしょう。

 例えばゴルフ。

 頭の中では、トッププロのスイングの分解写真がセットされていて、そのイメージどおりに打てるように筋肉に教え込みたいと練習場に通っているのですが‥。そのとおりできた例がない。

 結果的に言えば、どこか脳の中で、素晴らしい打球を打ちたいという意識が働いていて、それがスイングそのものを狂わせているのは、なんとなく分かる。

 ナイスショットの感覚ってどんなもの? という質問に対して、共通する答えは、どこにも力が入っているという感覚がなく、ふわーっとした感じで打ち抜いた時かな? という答えが多い。陸上競技の走りを見ていても、リラックスしたスムーズな走りをしている競技者は、どこにも無駄な力が入っていないように見える。

 スイングや走るフォームという形は、実は、どこにも力が入っていない状態が、最も優れたスタイルだということができそうですね。

 そのために必要なものは、脳の中でプラスのイメージを描いて、その感性に筋肉を依存させ、必要以上の意識を排除することなのでしょう。

 結果的に、早く走る、遠くに飛ばす‥‥そのために努力する方向性は、早く走ろうとしないこと、遠くに飛ばそうとしないこと、という結論に達するわけですね。これは、凡人にはまことに困ったことなのです。

 連想する力を考えていると、あるキーワードを決めて、「歯を食いしばって」連想しようとすると、脳の活動が停止するような感覚に襲われることがよくあります。連想しようとする意識を排除して、関心のあるキーワードをずっと頭の中においておくだけでいいのだと思ったときから、例えば、道を歩いている時や電車に乗っている時、ぼんやりと空を見上げている時などに、突然ひらめきがやってくる経験をしています。

 おおっ、そうか!

 脳の活動も、実はスポーツの原理と同じなのではないかと思ったりします。リラックスして、アッハ体験がやってくるということを信じて「考える」ことが、実は最も優れた「連想」を呼び起こしてくれそうな、そんな気がしています。

 ‥‥しかし、こういうことを書いている自分は、ちよっと肩に力が入りすぎてはいないかと‥不安にもなるのですが‥(苦笑)