電車で席を譲られて‥‥自分の年齢を自覚する | 考える道具を考える

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シルバー 先日、平日の午後。私は、都内のある地下鉄に乗った。

 比較的すいている車内で、何気なく座席中央の吊り革のところに行き立ち止まった。

 すると、アラレちゃんのような眼鏡を掛け、赤いベレー帽を被った小学校低学年と見受けられる女の子に、

 「どうぞ‥」

 と席を譲られた。

 私は一瞬、それが私に向かって放たれた言葉とは認識できず、周囲を見回してしまった。すいている車内で、その子の前に立っているのは、私一人だけだった。

 小学校低学年からみれば、私は正真正銘のシニアだ。しかし、今まで、席を譲られた経験はなかった。シルバーシートにすら、頑として座らない主義の私は、このとき、生まれてはじめて自分をシニアだと認識したのでした。

 特に悲しいことではない。しかし、人間は自分の年齢に対して、頑なに拒絶する癖があるようだ。私は、今の自分の年齢が嫌いではない。でも、子供に指摘されるのは、御免こうむりたい。

 ‥と、思わず力んでいるところが、既に、シニアのシニアたる所以なのでしょうね。残念!