山田洋次監督作品の最新作「武士の一分」に登場しているキムタクこと木村拓哉さん。昨夜の香取君の「スマステーション」にゲストで生出演ししましたね。過去のテレビドラマなどの共演者やプロデューサ、監督がビデオで登場しての俳優木村拓哉の評価の連続は、まあ、キムタク絶賛の連続でした。
しかし、その内容は、映画づくりだけでなく、彼の仕事に対する姿勢、共演者やスタッフに対する態度、関心の持ち方などに集中していましたね。演技そのものではなく‥。(役者としての評価については、ニナガワさんの最後のコメントが的をついていたようにも思えましたが‥)
それはそれで、うーん、この人はやっぱ凄いんだなと思ってしまいます。アイドルとしてのキムタクではなく、俳優木村拓哉の新しい発展の契機になる作品にはなるのでしょう。
‥‥
ところで、芸人ビートたけしと映画監督北野武が、二つの存在として同時に共存できるのは何故だろうか? といつも考えていました。毒舌の中に時代を揶揄し、不思議なコントの中に悲喜劇の要素を巧にとりいれる天才たけし。一方で、主にヨーロッパで絶賛される映画監督としての世界の北野武の共存。
いくつかの人格が同時存在することを容認する現代メディアの不思議と視聴者の心のあり方。テレビは時代を超えることはない。正しく現在を映し出すだけ‥とは、誰かが言っていた言葉。つまり、視聴率という鏡の前で、テレビ番組は現在をしか映せないという指摘でした。
そんなことを考えていると、早晩、監督・演出家木村拓哉が誕生し、アイドルキムタクと俳優木村拓哉との三つの共存が可能になる時期が来るように思えます。その同時存在が、時代の心のありようを表現しているように‥‥。
私たちは、私‥という一つの自己だけでいることに満足できないのでしょうか? それとも、これも、あれも、皆自分? そんなに欲張ってどうするのでしょう?
それにしても、武士の一分‥楽しい映画です。