四つの同じ絵●エッシャーの不思議 その2 | 考える道具を考える

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The instrument which I think

 昨日の続き、エッシャーの不思議についてです。

 この四つの向きの違う絵は、同じ絵ですね。私のトリミングが下手なために、正確に四角形になっていないので、並べると妙ですが、この絵は回転させてみても、どこから見ても正しい位置にあるように見えるトリックが隠されているのです。
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 一体、何が楽しくて、こんな絵を書いているのか? とさえ思える傑作ですね。

 そうですね‥人間は、自分の眼で見ている世界が、自分にとって現実の世界だと思い込んでいるのですが、ひとたび、その視点を変えてみると、まったく別の世界が出現するという驚きに出会うということでしょうか?

 個人が認識する世界の客観的事実に対する不安感を醸成することによって、「誤ったモノの見方の存在」を知らしめること? あるいは、そうした錯視の世界の存在を認識することによる存在の危うさを知覚させること?

 まあ、それにしても、確かに、「自分が見ている紅葉」だって、「他の多くの他人が見ている紅葉」とはまったく違うものに映っているに違いありませんね。でも、その認識というのは、不思議な印象を受けつつも、どこかに安心感があるのが、また不思議ではあります。

 はらはら‥‥。