堤真一の狂気 タンゴ・冬の終りに | 考える道具を考える

考える道具を考える

The instrument which I think

 タンゴ
 Bunkamuraシアターコクーンで「タンゴ・冬の終りに」を観た。

 作 清水邦夫 演出 蜷川幸雄。1980年代の傑作戯曲の再演(三度目?)だ。

 舞台は日本海に面したある町にある「崩壊寸前の映画館」。清村 盛(堤真一)と呼ばれる有名な役者が売れっ子の環境を捨てて、故郷のこの映画館にスキゾ(逃走)して、ひっそりと暮らしている。

 舞台には、その妻(秋山菜津子)と、東京での役者時代に、恐らく燃える恋愛をしたろうと思われる女優(常盤貴子)とそのご主人(段田安則)が登場して、過去と現在が混濁して語られていく‥。

 自分が何者か分からなくなる‥記憶が途切れて、妻を姉と呼び‥かつての愛人を「きみ」と呼ぶ。自分の過去の姿を、他者の行動として評価してしまう「日常にありそうな、穏やかな狂気」を予感させる対話の凄さ。

 タンゴと孔雀というメタファーには、80年代の匂いを彷彿とさせるブレヒト的な仕掛けを感じさせるけれど‥この狂気を、堤真一さんは見事に演じていたと思う。うまいよ。

 ‥‥しかし、この70年から80年代の時代的同時性が過ぎ去って、過去のこの時代を現代の視点で見ようとする時、ある種のノスタルジアを排除して見れないのは、私の年齢がそうさせているのか‥。

 ここで演じられる狂気は、確かに私の記憶の片隅に住み着いている「現実」と調和してしまうのかもしれませんね‥。是非ご覧ください。