
心が痛んでいる時には、優しさのある言葉が大切だと思う。
人は成長するために多くの知識を得ようとする。多くの知識は、書籍の中だけでなく、対人関係の中で学ぶ場合が多い。
それだけに、対人関係で躓くと、知を得る機会を失うだけでなく、自己否定の深淵に足を踏み込んでしまう危険性もある。いじめと自殺の最近のマスコミ報道を見ていて、その言葉の数々に「優しさ」を感じないのは何故だろうか?
過去の賢人から学びたいと思う。
ソクラテスを思い浮かべる。改めて、ソクラテスの質問法が有効なのではないかと思う。
多くのコーチングやカウンセリングを受けたいと思う気持ちは、自分の内部に壁を感じたときだろう。だから相談に行く。失敗の連続を何とかしたい。いやな人間関係を何とかしたい‥。
そのときに、失敗の原因を突き詰めていく方法は、論理的ではあるが、問題解決しない場合が多い。
質問によって、何故失敗したかを考えようとするからだ。しかし、有効なのは、何故失敗したかではなく、失敗したと評価している自分の内部を、客観的に評価できる指標を与えてあげることなのではないか、と思っている。
自分を外から見て、どんな自分に見えるか? その自分が、みじめに見えるのなら、自分でどんな声をかけてあげれば慰められるか‥そんな質問をしてあげればいいのではないか?
芝居をしよう、演技をしよう。その質問の言葉は、きっと「優しさ」にあふれていると思う。
最近の「いじめ」に感じることを述べてみた。人間一度は死ぬんだから、何もそんなにあせって死ぬことはないだろ?‥‥私が十代のころの、すごく俗っぽい先輩のこの言葉は、その時、私の内部に響いたことは確かでした‥。
頑張ろう。