
事実を元にした映画‥‥といわれると、ついつい興味が沸きますね。
映画の出来栄えがどうか、キャストがどうか、監督が企画の途中で変わったとか‥そういう製作の裏話よりも、1940年代のロサンゼルスという町で発生した猟奇事件をどのように映画に纏め上げるのかに関心がいってしまいます。
ブラックダリアも、実際に起きた事件を下敷きに、優秀な若い二人の刑事の友情と信頼と裏切りと「謎」が絡み合ったドラマ仕立てになっていました。
犯人が誰なのか? といったサスペンス的興味や「ドキドキ感」より、主人公と親友とその愛人との奇妙な三角関係の筋立てに、ブラックダリアと呼ばれた事件が絡まっていくわけですね‥。
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ところで、阿刀田高さんの「ギリシア神話を知っていますか?」という著作には、ギリシア悲劇を構成する三・一致の法則について触れた章があります。これは作劇上の古典的ルールだそうで、芝居は、時の一致、場所の一致、筋の一致という三つの一致を守らなければならないという法則ですね。
時の一致とは、一つの芝居が始まってから終わるまで「一日24時間以内でなければならない」というもの。場所の一致とは、一つの場面で終わること。場面転換などは駄目というもの。筋の一致とは、一つのエピソードで一貫していなければならないというもの。
さて、ブラックダリアという現代映像の世界で、この法則を一致させようとするのは困難ですね。また、時の一致という原則で見ると、この作品で「過去の時間」が「謎」に繋がっていないとストーリィは成り立たなくなります。
謎解き‥‥隠された過去‥という時空の行ったり来たりが自由になったことで、確かにこのオドロオドロシイテーマも、別のテーマに置き換えられるのだと、‥そんな風に思いながら観ていたのでした。
雰囲気は、モノクロの映像の中に霞む悪女シャロンストーンの足の組み換える場面の延長線上にあるともいえましたが‥美しい映像ではありました。