過去のデータの蓄積と超整理手帳の活用法 | 考える道具を考える

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 来年の超整理手帳が届けられて、私の「超整理スケジュール活用法」による知的生産の技術生活も4年目に入る。

 前年に活用し、記述が済んだ超整理手帳のスケジュール表をどのように蓄積しておくかの工夫が必要になってきた。何故なら、終わった手帳は、そのままの状態で、机の引き出しに放り込んであっただけだからだ。

 過去の手帳をどのように蓄積しておくか? いろいろな情報を収集すると、大きくは二つあることが分かった。

 一つは、ジャバラを開けばA4サイズなのだから、A4のファイルにスクラップしておけばいいという方法。
 もう一つは、終わったスケジュールをスキャンして、画像データとして蓄積しておくという方法。

 どうやら、私は、前者の方が簡単で馴染みやすいので、少し贅沢なファイルを購入して、単純に紙を蓄積しておくだけのほうが馴染みやすいように思えた。

 自分の過去の時間を振り返る時、むかしは日記を読み返してみるという方法が一般的だった。
 その日その日の感想や、どこに行って、何を食べて、誰と面会して、そしてどんな芝居を見たのか‥。

 しかし、この超整理手帳は、日記を書き続けるという努力なくして、未来の時間を創造していくという行為の延長上に、刻々と過去になっていく日々が記録されていくのだから、そのまま残していけばいいということに気がついた。

 そして、一年前の超整理手帳の同じ日を見てみると、その日の行動が実に手にとるように浮かびあがってくるのを経験する。この体験は新鮮だった。何故、たった三行の予定の記録が、その日の行動を蘇生させるのか‥これが、この手帳の奥深さなのかもしれない。

 こうしてまた、私の2006年は、一冊の過去の自分の軌跡として蓄積されていく。

 ただし、じつと過去の自分の動きを振り返ってみると、随分のんびりした生活を繰り返しているものだな‥とも思う。こんなんで、いいのだろうか? また新たな気持ちで来年を計画していこうかな‥‥。