時代が求める英雄伝説というものは確かにある。野球の早実投手、甲子園を沸かした斉藤佑樹君に対する報道は、その線に繋げようとする意図が眼に余っていたが、当人は、学業優先で大学進学を決めたというニュースが報道されていた。文武両道‥この言葉は、日本人が大好きな美的感覚だ。教育の根底に、今も根強く残っている価値観だといってもいい。斉藤君へのイメージは、この日本人の感性に触れるある種の憧憬に基づいているようにも思えた。
どう見ても、斉藤君の姿は、過去甲子園を沸かせた江川、松坂、松井、清原などの大型の怪物くんとは程遠い。超越した強さというより、頭脳で勝負する品のよさに注目が集まっていたといえるのではないか? 苫小牧の田中投手のほうが、よりプロ向きであることは誰が見てもそう思ったはず。本来はヒール田中 VS 王子斉藤の図式が、もっと鮮明に描かれれば面白かったと思っている報道陣は多かったのではないか? しかし、苫小牧をヒールにするには、苫小牧のチーム自体にドラマがありすぎた。
斉藤君の大学進学宣言で、斉藤フィーバは終わる。斉藤君は、本当の意味で文武両道を選択した。正しい選択だと思う。
大衆の文武両道への憧憬‥‥、しかし、今も日本人の心の底に、本当にあるのだろうか? これが文武両道風に終わらないことを望みますね。
写真は「会津の木札」です。その心は‥
白虎隊の心、優しさと勇気をいまに伝える。会津士魂と白虎隊を表面に彫り、裏面には会津藩校日新館の教え「ならぬことはならぬものです」を彫り込みました。これは、会津の武士道をいまに伝える根本精神です。いまの時代にこそ、「いけないことはいけない」と言える強い精神が大切ではないでしょうか‥とある。