戦中から戦後にかけた時期、吉本隆明の膨大な思索の初期の頃の「ノート」が文庫版になって発行された。(光文社文庫 2006年7月刊)最初に吉本さんの「初期ノート」が出版されたのは、1964年。その後1970年に新しいノートが発見されて増補版が出て、さらに今年文庫版になった。
時代はまさに60年安保から激動の70年にかけた時期に出版されている。戦後が強く問われた時代だ。文学者の戦争責任論などが渦巻く中、当時の若者たちに最も強い思想的影響を与えた吉本隆明が放った思索の原点が、確かにここにあるのだなと思う。改めて読んでみて、やはり吉本さんは、詩人なのだと思った。宮沢賢治論も凄い。
‥‥わたしは、ここでわたしが「存在」してしまったことも、それがひとつの時代を通過してしまったことも、意味づけようとはおもわない。ただ回想におちいらずに、ひとつの回想的な時代の「個」をとりまく条件をいかに描きうるかに腐心したいと思っているだけだ。‥‥(過去についての自註より)
そういうことですね。静かだな‥。
そして、実はこの本で最も関心したのは、文庫版のあとがきに書かれた短い補遺の言葉だ。実は、こうした過去の著作を集大成するには、必ず、地味だか粘り強い編集者の力が必要だといつも思っているのだが、ここでも川上春雄さんが、初期ノートの編纂に当たって活躍していることが明らかにされている。
こういう陰で凄腕を尽くす編集者の姿が、一冊の書物の中に存在していることに感動するのですね。本は、一人の個性が文章で纏め上げるもののように見えて、実は、多くの専門家が支えてはじめてできる「集団作業」なのだということなんだな‥。