熟読再読 金閣寺 | 考える道具を考える

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金閣 平野啓一郎さんの「スロー・リーディング」について続きを書きましょう。

 再読‥‥こそ価値がある。この言葉に共感しますね。

 ‥‥作家の大江健三郎さんは「私という小説家の作り方」の中で、こんなことを書いている。「読書には時期がある。本とジャストミートするためには、時を待たなければならないことがしばしばある。しかし、それ以前の、若い時の記憶に引っかかりめいたものを刻むだけの、三振あるいはファウルを打つような読み方にもムダということはないものなのだ。」 本を繰り返し読むことの意義は、ほぼこれに集約されている。‥‥

 ふーむ。

 その時々の読み方や感受の仕方には、その時その時の意義はある。また、最も美しい出会いは、「その時」を待っていれば必ず訪れるということでもあるのか‥。

 古今のテクストを読む、という章では、名作の読み方がつづられている。
 まあ文章読本に近似する「読書読本」でもあろうか?

 その1つに三島由紀夫の「金閣寺」が取り上げられている。

 金閣寺を放火した若い僧侶の心の葛藤と生きることの意味を見事に描いたこの物語。付け火直前の、夢のような禅海和尚と主人公との対話の意味を、平野さんは、ストーリィ的な「違和感」を持って読んでいるといっている。その中にこそ、熟読の意味がある、とでもいいたげに‥。

 そうか‥‥、私の愛読書の代表でもある三島由紀夫の作品を再読してみよう。

 そういえば、平野さんが文壇に登場してきたとき、「三島の再来」といわれたものでしたね。