ブログ・コミュニケーションの不思議 | 考える道具を考える

考える道具を考える

The instrument which I think

 ブログを書き始めてから半年が過ぎて、このメディアの不思議さを実感している。

 一番は、自由なアクセスと自由な消滅だ。
 誰でもが、ほとんど無料で立ち上げることができるブログは、ネットワークの組み方においてほとんど自由な交流が可能だ。しかし、同時に、いつでも「やめる」自由もある。

 少しの間、読者登録してくれているサイトと、様々な意見の交換をしていると、ある日忽然とそのサイトが消滅している。

 あれれ? と思う間もなく、あるいは、特段のご挨拶もなく(変な言い方だな‥)消え去ってしまうのだ。また、ある日を境にして、その後何ヶ月も情報が更新されないサイトもある。

 この消滅に出会うと、その人の身に何かあったのか? などと思ってしまうのだ。
 普通は、面倒になって辞めるか、別のプロバイダーに変更するか何かなんだろうが、いずれにしても、ある種のコミュニケーションの断絶は頻繁に起こる。

 新しい出会いの喜びと、忽然と姿を消していく寂しさが交錯して(少々大袈裟な言い方ですがね‥)、このブログにおけるコミュニケーションの刹那的な側面を実感している。

 やはり、ブログとは、日記掲載から、リアルなコミュニティの生成に繋がらないと、本当の喜びは見つからないのかも知れない。むかっ