
岐阜城散策の続きです。
写真は、本丸の出入り口の直ぐ脇に設置されている時計塔です。
文字盤は12進法になっているが、文字は干支を表記した漢字でした。
特にこの時計に関する解説はなく、16世紀に活用されていた時計なのかどうかは分かりません。時の数え方は、江戸時代は確か昼と夜に二分割して時を勘定したものと理解していましたが‥。
江戸の大名時計を復活させようというプロジェクトの解説によると、
‥‥夜明け、日暮をもとに一日を昼と夜に二分し、さらにそれぞれを六等分して12の刻で時間を管理していた江戸時代。当時は一部の大名や豪商のみが所有した富の象徴「大名時計」。
世界でも類を見ない日本固有のこの「不定時法」による時刻と現在の「定時法」の時刻を同時に表示可能とした現在版の「平成式和時計"江戸之刻(えどのとき)”」です。‥‥
いずれにしても、山城の頂上で現代も時を刻むこの時計には、魅力を感じますね。