岐阜城 思索の道 | 考える道具を考える

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岐阜1
 岐阜に三日間ほど滞在した。

 岐阜城を見学した。

 ここはその昔稲葉山城と呼ばれ、斉藤道三の名で有名な美濃統括のシンボルだ。

 織田信長がこの城を攻め落とし、信長天下布武の第一歩となったことはつとに有名な話だ。

 それにしても標高320メートルのこの山の頂上に聳える山城は、その天守閣から美濃平野一体はもとより、名古屋の港まで見渡せる絶好の拠点であることが良く理解できる。

 城のふもとには、楽市楽座が繰り広げられ、商業が活発化し、いわば城町として急速に発展するわけだ。

 城の天守閣のある本丸からどのように下山するか。

 ロープウェーがあるので今は簡単に下山できるが、何故か「めい想の小経」があった。

 ここは「水ノ手口」と呼ぶ城への1つの入口で、関が原の合戦の時、信長の嫡孫・織田秀信を東軍・池田輝政の軍が攻落とし、岐阜城一番乗りを果たした通り道という解説。この戦いで、織田家は完全滅亡となりましたが、しかしながら何故この道が「めい想」なのか、謎ではあります。

 京都哲学の道のような平坦な道とはかけ離れた断崖絶壁に通る道で、どのような「めい想」が可能なのか、40度近い気温のため今回はこの道を下山するのはやめましたが、一度体験したいと思わせる小経ではありました。

 それにしても、現代の岐阜は「静謐そのもの」でした。