爆笑問題VS東大 | 考える道具を考える

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 昨日のNHK教育テレビで爆笑問題と東大の生徒とが「教養」というテーマについて公開ディスカションする番組が放映されていました。司会進行は東大の小林康夫教授。

 特に印象的だったのは、やはり「ものの見方・考え方」についての部分だったでしょうか?人間が持つ教養の力というのは、専門の研究を行う人間にとっては最も要求される資質だとも思いましたね。

 情報化社会が高度に進展する現代社会の中では、最終的には「誰が」「何の」研究をやっているかが重要であり、その人が東大なのかどうかは問題ではない。

 但し、人の育成のためには、確かに「学習できる環境」は整備されていなければならず、その意味では、大学のキャンパスは一定に「知の治外法権」を確保できているものでなければならないのでしょうね。

 情報化は情報そのものを「公開的」に拡散していく力を持っているが、純粋な学術研究は「閉じた世界」を環境の中に包含していることも必要なのかもしれないとも思ったのでした。

 ~~のための知識、ではなく、知そのものに価値がある知識の集積、その自己への取り込み~~それが今日の教養といえるのではないかと‥‥、そんな風に思いながら見ていました。

 それにしても、立川談誌さんが度々取り上げられたのは、当然でしょうね。

 談誌さんが談誌さんであること、そのこと自体が教養なのだと‥。