アルチュール・ランボー幻想 | 考える道具を考える

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ランボー

      とうとう見つかったよ。
     なにがさ? 永遠というもの。
     没陽といっしょに、
     去ってしまった海のことだ。

 詩集 忍耐の祭りから「永遠」と題されたランボー10代の詩から引用しました。

 写真はフランスの天才詩人ランボー17歳の時の素顔だ。

 1970年12月に刊行された詩人金子光春さんの翻訳によるランボー全集を、今も大切に書棚の真ん中に置いている。

 私が10代のころに強烈な影響を受けたこの天才詩人は、20歳を過ぎると詩を捨て、放浪の旅を続ける。最後は武器商人になり37歳で夭折する。

 10代の多感な感性で、ランボーはどんな永遠を見つけてしまったのか?

 未だに私には分からない。しかし、同じ年代の頃、日本海に沈んでいく太陽をじっと見詰めていた時の、蜃気楼のような記憶は、この四行のフレーズと重なり、ずーっと記憶の書棚に残されたままだ。

 私の記憶の中に畳まれた過去が、時々、こうして若きランボーの写真を見ることによって、何かの意味を自分に投げかけてくるようで、この写真を手放すことができないのです。

 感傷的になる深夜に、ランボーの詩集を読むことは、ちょっと辛くなってきたなー。