身体能力と頭脳 | 考える道具を考える

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 サッカーのワールドカップの対戦を見ていてつくづく思うのは、基本的な身体能力の民族的差異の大きさですね。

 特に日本人やアジア人の体型は、アングロサクソン系の体型とつくりそのものが違う。もし、同じ練習をし、同じ努力をした結果対戦した場合は、まず、アジア人の身体では欧米の鋼のような体型にかなうはずがないと思ってしまう。

 また、アフリカの国々の選手のバネ、瞬発力、持久力には驚くべき潜在能力を感じましたね。この身体に備わった跳躍力が組織力に転化されたら、これもまた勝利する確率は少ないものとなってしまうだろうと思ってしまうのですね。

 ブラジルやイタリア、ポルトガルなどのラテン系の選手は、サッカーに関する意識そのものの違いで、いわば、日本の相撲のような国技としての伝統の強さが感じられて、これは戦う前から相対的に勝つ確率は少ないと思ってしまいますね。

 では、どのような考え方をすれば、対等な戦いができるのか?

 それは組織力ですね。(まあ、誰でも言っていることではありますが‥) 特に重要なのが、組織のコミュニケーション力、とりわけ日本人独特の「阿吽の呼吸」が発揮できれば勝利するチャンスがあると思うのですね。

 脳の機能から言えば、視覚と運動との関連性を重視することですね。ある選手が、瞬間的に相手の守備体形のスキをキャッチした時、そこにボールを運ぶという意図がそれを受けようとする次の選手に「テレパシー伝達」できれば、パスは繋がり、相手ゴールに近づくことはできると思うのです。これを日本的戦略の骨格にすえたらどうだろう? 等と馬鹿なことを考えてしまうのでした。

 だから、代表に選ばれる選手は、日本人の中でも優秀な身体能力をもっている人達でしょうから、練習の大半を、コミュニケーション能力の向上に向ければ、本来の組織としての力が発揮できると思うのですね。

 ジーコ監督は、選手の創造力を重要なモチベーションとしてあげてきているようですが、創造力は選手間の関係性の中でしか発揮できないと思うと、今回のワールドカップの予選突破は身体能力だけの差異で結果が出てしまうような気がして残念でなりませんね。

 他者の意図を読み取る力、高い共感性こそ、組織としての力になると思ってしまうのです。

 日本チームの奮闘を祈ります。