
通りの名称を復活させようという運動が全国各地で盛んだ。
写真は、東京浅草の「食通通り」の街路灯にある看板。藤棚に飾られた瀟洒な小道だが、多様化した現代の「食通」とはイメージがだいぶ違って、昔の大衆居酒屋やふぐの店などが並んでいる。
浅草には、浅草通りをはじめ、国際通り、雷門通り、伝法院通り、かっぱ橋本通り、ロックフラワー通り、花やしき通りなど浅草を代表する主要な通りがある。その名称が好きだ。
寿司通りや仲見世通りは、まさに小道。「浅草中央通り」と変わったが、地元では、「ちん横通り」でとおっている小道もある。ちんやさんというすき焼き屋さんの横の通りだから、「ちん横」というらしい。
また世界のたけしにちなんで「ビートストリート」もある。浅草大衆芸術のメインストリートだ。ここは、三谷幸喜の映画笑いの大学の舞台となった筈。道に歴史があるんだな。
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私の記憶をたどっていくと、そこにはいつも「通り」のイメージが残っている。
小さい頃、たくさんの子供達が、たむろすようにして遊んだ下町の路地は、通路であると同時に劇的空間でもあったように思う。
通りや道には、夢がある。そして日常がある。
日常ではほとんど意識しない通りの顔。しかし無意識の中で反復して記憶に蓄積される「通り」は、過去から未来に向かって伸びていく時間の繋がりを意味しているようでもある。
朝が来ると、今日もまた、同じ通りを歩いて、町の中に入っていく‥‥。