
東京白金台にある明治学院大学の記念館は、1890年(明治23年)6月に献堂式が行われた由緒ある赤煉瓦づくりの建物だ。小教会や資料館などがある。
写真は記念館と併設するインブリー館。木造で歴史的な建築物だ。
若い友人の結婚式が行われ、思わず携帯カメラのシャッターをきった。建築物の美しさと、白金という町とがマッチングされた静かな学園が、こういう場所に存在していることは素晴らしいことだと、つくづく思った。
人間が住む家。人が集まってくる教会という空間。静かな庭園。
本来、わが日本の家とは、こんな風にしてあったのではないかと思い描いた。
戦後の高度成長以来、私達は、本来もっていた「家」というものを失った、と思う。総中産階級化へと走り、家といえば郊外の大規模な集合住宅。庭もなく、規格も小さくなり、そして、私達は「核家族化」という風潮の中で、「家が表現していた家族の心」を失った。
最近の建築偽造問題も、投資という名の利益至上主義の台頭も、地域というコミュニティを消滅させたことによる悪質な犯罪の多発も、全て「家の崩壊」から来ているな‥‥などと、この建物をぼんやり眺めながら考えていた。
時を刻むとより深く味わい深くなるもの、それが本来の美の形ではないか‥‥そう思いつつ、ふと自分の年齢を考えてみたのでした。
自分は人間としての美しさを、本当に意識しているのだろうか?