祭りの後 | 考える道具を考える

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The instrument which I think

愛知万博
 もう去年の話になりますね。愛知万博。

 この写真は東南アジアのゾーンに確かにあった「とあるパビリオン」の入り口にセットされていた不死鳥のような彫像だ。

 やはり異文化に接する機会を作ってくれたという意味で、この万博はそれなりに成功したといえるでしょうね。

 合計入場者数2200万人。これって凄い。でも、我が愛すべき日本人は、「たったの去年」(変な言い方だが‥)に、こんな万博があったことなど思い出話にも出てこない。

 そして、そして、奇妙なことに、いまだに万博の公式サイトはあるんですね。何が掲載されているかというと、現在の跡地の状況が写真で紹介されているのです。公式サイトで、更地に近い姿になった跡地の姿を執拗に追跡しているのは何のためでしょうか?

‥‥

 そういえば、1980年代以降、全国的なブームとなって競うように開園されていったテーマパークの数々。そして今、そのほとんどが経営難に見舞われ、閉鎖されているという現状を知る人は少ない。宴の跡地には、無残に倒壊し放置されたままの施設や乗り物、人形の数々。

 そして、誰もいなくなったその場所は、未来の日本のある種の姿を映し出しているようにも思えてならないのですね。

 この写真の彫像も、既に、会場にはなく(当たり前ですが‥)、この一過性の文化交流の祭りの跡には、だだっ広い空き地に風が吹いているだけなのでした。

 日本人とは、忘却の民族だ‥と言った人がいました。うーん確かにね‥。

 文化を定着させるためには、そこにじっと動かない大仏様のように、時空を超えようとする人間の意志が必要なのかもしれませんね。軽薄なセットの文化空間など、ひと時の夢でしかないのでしょう。