時間を創る? | 考える道具を考える

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前に寺山修司のアフォリズムの中から「時間」についてのフレーズをご紹介した。

‥人は「時を見る」ことなどできない。見ることができるのは「時計」である。(仮面舞踏会から)‥

現代人は時に追われている。ゆっくり読書をする時間もない、と思っている。

時間は幻想である、という人もいる。しかし、ビジネスでは確実に「時間」が1つの尺度になっている場合が多い。だからスケジューリングの技術は、ビジネスを創造するためのインフラになっているのだろう。

野口悠紀雄さんの超整理法の中にタイムマネジメントに関する著作がある。細切れ時間の活用や、スケジューリングの技術について展開している。

この中で興味があるのが、「時間を増やす技術」の部分だ。

一言でいえば、仕事を進める場合に、「他人に仕事をまかせる」という行為によって、自分の時間を増やすことができるというものだ。

何でも自分でやらないと気がすまない人には、この「他人に任せる」ということが難しい。しかし他人の力を借りることによって、目的の行為が同時進行できれば、それは時間が増えたことになるのでしょう。

体内時計という言い方もある。時間は体が感じるものという考え方が私は好きだ。
時間に追われている気分になる前に、時間と向き合う時を持つ、というのが、時間の概念から解放されると思っている。

例えば、坐禅を組む、という時間。これは、20分から30分という一塊の時間を十分に感じることができるひと時だ。その他の方法もあるだろう。

時間を創るには、時間と向き合う時間を意図的に創ることだといえないか?