フォトリーディングというメソッドがある。
速読術の1つ。要は、本の1ページごとに、写真を撮る様に、特に右脳の機能を活用して速写していくのだそうだ。一日10分程度で一冊の本が読めるという。
情報を収集するのに、本を読むことが一番の方法だと思う。
但し、効果的な情報収集のためには、膨大な情報から自分にとって有効な情報を択ぶことが大切とは誰でもいう。つまりは、自分の問題意識に反応する情報をどう効果的に集めるか‥ということなんだろう。
脳の映像処理機能を有効に活用すると、道に迷わないとも言う。町の中では、ポイントごとのランドマークや電信柱の様子を脳の中で写真にとっておけば、それを手がかりにして自分が今どこにいるのか、位置確認ができるのだそうだ。脳の機能はすばらしい。
ところで、こうした脳の機能だけに着目していると、別の情報の楽しみ方を失うことがあるから気をつけたい。
例えば、詩人萩原朔太郎の小品に「猫町」がある。この物語は、ある日散歩していると、今まできたことのない不思議な町に迷い込んでしまうという物語だ。しかし、ふと気がついて見ると、そこは毎日散歩している町だったという視覚の迷いによる不思議体験をつづっている物語だ。
角度を変えると、同じものを見ていても、まったく違ったものに見えてしまうことがある。脳にインプットされる映像が、果たして二次元の写真なのか、立体的にフォーカスしているのか、それは分からない。
速読が情報収集に効果的なメソッドだということは分かった。しかし、敢えて言えば、それだけに頼るのではなく、一冊の本を時間をかけて、じっくりじっくり、まさに行間に想いを寄せながら読んでいくことも、脳の別の機能にとっては重要だということがいいたいのだ。
熟読。
活字と書物の紙と、紙のにおいとインクの臭い。
読書は、総合的な芸術活動だという側面は忘れたくない。
それにしても、速読の本は、どれを読んでも、速読できないのは、私だけだろうか?