禅語遊心 | 考える道具を考える

考える道具を考える

The instrument which I think

「心あたたまる禅語」などの著作が隠れたヒットになっているという。

禅の言葉には、現代の日本人が忘れかけている「ある本質」が隠されているのかも知れない。

私が敬愛する玄侑宗久禅師も、「禅語遊心」という著作を出版している。

一年間を四季に分け、12ヶ月のそれぞれの月にまつわる禅語を分りやすく解説してくれている。

ちなみに3月の言葉は、

 桃花春風に笑む

 和気高堂に満つ

の二つの言葉が上げられている。

「桃花春風に笑む」の解説によると‥

‥‥春や花という言葉には理想的な意味が付与されていることが多いわけだが、禅の世界では生まれながらにして具わっている仏性と、その発現を意味すると思っていいだろう。元々我々が授かっている仏性が花開いた状態が「笑う桃」であり、それを促したのが春風だ。

‥‥冬からふいに春になるように、同じ世界が一気に過ごしやすくなる「頓悟」を、桃の笑いは象徴しているのである。‥

そしてそして、よく「魔が差す」という言葉を使う人がいるが、魔というのは、疑ったり気にしたりすると、差す、もので気にしている本人が招いてるものなのだそうだ。

一切唯心造。全ての事象、関係などなどは全て自分の心が作り出すもの。この言葉が一番好きだが、あるがままにある自分の姿を、もう少し見つめていくことは、まだまだ必要なようだ。

春風は、世界や他者とのご縁を促進するもの。
このブログが、そんなご縁にめぐり合えるのはどうか、まだ分らない‥。