日本語観察ノート | 考える道具を考える

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作家 井上ひさし氏が2002年にまとめた「日本語観察ノート」が面白い。

既に巷に蔓延していた「コンビニ敬語」の数々。これを氏は「マニュアル敬語」(あるいは商業敬語)と呼んでいる。いっらしゃいませ、という言葉を社会人になってから仕事で研修を受けなければならない事象を取り上げているのだが、敬語壊滅現象は、他人との関係が曖昧な社会を忠実に映し出しているだけだと指摘いている。

敬語とは、相手との適切な距離をとるための言語的アプローチだと私は思っている。
先輩や上役に対して、敬意を示すためのだけツールではないのだ。つまり、関係のあり方を示す一つのメジャーとして敬語は存在しているということ。

だから、価値観の共有が社会的に成立しにくい現在では、実質的に敬語は崩壊するというわけだ。

でも、井上ひさし氏は、こうした現象を生んでいるのは、親の世代の責任だという。つまり、経済原理主義がまかり通ってきたこの100年で、日本の文化は壊滅していると指摘しているのかもしれない。

既に5年前には、こうした現象を見抜いている作家の観察力とは、凄い。