先週末のTV番組で
今回の大震災時の東京ディズニーリゾート(TDR)の対応が
特集として取り上げられていました。

TDRといえば
キャスト(アルバイト)のレベルが非常に高いことで有名ですね。

もともとTDRのファンが
集まってくるという側面もありますが、
その点を差し引いても
TDRのスタッフはTDRに対し
強いロイヤリティを持っているように感じます。

一般的に、アルバイトスタッフの
会社に対するロイヤリティを上げるのは
なかなか難しい。
その秘訣は何だろう?

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「会社に対するロイヤリティ」に関連して
僕が思うのは、
「人はそれぞれ”自分が喜びを見出すツボ”を持っている」
ということ。

ツボの種類はいろいろ。
「人を喜ばせること」や「何かを作り上げること」、
「縁の下で支えること」
などなど人それぞれ。

それらのツボと
その人に与えられた役割がうまくはまると
より高いパフォーマンスが生み出されるのではないかな。

例えばレストランの場合。
「何かを作り上げること」をツボに持つ人がコックになれば
おいしい料理を作ることにとことん取り組むだろう。

「人を喜ばせること」がツボの人が
ウェイター・ウェイトレスとなれば、
お客様に喜んでいただけるようなサービスを
進んで行おうとするはずo(^-^)o


ちなみに僕達テレコムスクエアは、
「通信サービス業」。

ただ単に通信を取り扱っているのではなく
通信業を通して「安心・便利」を提供し、
その結果お客様に喜んでいただけることを目指している
「サービス業」なのです。

実際に、うちの会社には
「お客様に喜んでいただくこと」をツボに持つスタッフの割合が
多いように感じます。


そう考えると、究極のサービス業であるTDRも
「人を喜ばせること」がツボの人達と、
そのツボにいい刺激を与え続けることができる
完成度の高い研修システムがあいまって
あれだけのロイヤリティの高さを生み出しているのかも知れませんね。

お客様からの「ありがとう」を一杯集める仕組みがあって、
その「ありがとう」がスタッフの大きなパワーの源になり、
結果
またお客様からの「ありがとう」をいただける。
・・・見事なサイクルが回っています。

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「ありがとう」にちなんで。

5/8(日)は母の日でしたね。
我が家では、娘が自分で選んだ花を
「お母さんいつもありがとう!」と大きな声で言いながら
妻に渡すのがいつものパターン。

花の種類は、2年連続であじさい。
へそ曲がりな僕は、定番のカーネーションはちょっと・・・
と思ってしまって(^_^;)
$~ いちがやベンチャー日記 ~-母の日のあじさい

その後の夕食の時。
急に娘が
「父の日や母の日はありがとうって言われるのに
どうしてこどもの日はありがとうって言われないの?」
と聞いてきた。

思いも寄らない質問に
僕は瞬間思考停止してしまったけど
妻は
「父の日や母の日はお父さんやお母さんに感謝する日だけど
こどもの日は「元気に育っておめでとう」と
子供をお祝いする日だからだよ」
と答えていた。

それに対して
納得したようなしていないような表情の娘(-з-)

・・・・どうやら娘も
「ありがとう」と言ってもらいたかったよう。


日ごろ
「父親に対するサービス精神が薄い」と感じる私めは
彼女には「人を喜ばせると嬉しい」というツボは
少ないのではないかと見てましたが、
やはり
「人を喜ばせる」より「自分を喜ばせて欲しい」タイプのようです(;^_^A
今回の福島原発事故の直後、
マスコミの論調はほとんどが
「今後日本では原発はあり得ない」的なものでした。

でも今は
「全体の発電量の30%を占めている原発をなくせないのでは」
というトーンがちらほら耳に入ってきます。

これらの報道で
僕が思うことは2つ。

1つは、「専門家を疑え」ということ。

雑誌やTVでは
多くの専門家と呼ばれる人達が
色んな発言をしていますが、
その人がどういう人なのかわかった上で聞けているか、
時に危うさを感じます。

例えば、
原発の専門家としてTVでコメントしている人の中に
原発を作る側だった人はいないのかな?

「その人はどんな人なのか?」「何の専門家なのか?」
「どういう立場から話しているのか?」などなど
もろもろわかった上でその発言を聞くべきじゃないかなと思うのです。

「専門家」が必ず正しいことを言うとは限らないと思った上で
その意見を聞かないと。


もう1つは、マスコミの傾向。

日本人の「周りに合わせたい」という習性に合わせているのか、
マスコミは
「皆が聞きたがる情報を集めている」ように感じます。
また、一方の意見ばかりを極端に取り上げる傾向も。

結果、自分では「自分の意見」「自分の信念」と思っていることも
実はマスコミに無意識のうちに洗脳された結果のものも
あるのではないか、と。

実際、自分から主体的に調べることをしなければ
自分の情報・知識は
マスコミから流されるものによって形成されている訳で。


「自分の意見」だと思っている意見、
それって本当に自分の意見なのか?
マスコミの受け売りになっていないかな?

・・・たまに自問した方がよさそうです。
先週末、代々木公園で行われた
「アースデイ東京」という環境問題をテーマにしたイベントに
行ってきました。
$~ いちがやベンチャー日記 ~-「アースデイ東京」横断幕

僕が行った土曜日はあいにくの雨。
その上風も強かったので、客足はまばらだろうと思っていましたが
自治体や各企業・団体による屋台・即売会や
アーティスト達のコンサートなど
さまざまな催しがあり、
思ったより人が多くにぎわっていました。

「エコ」や「リサイクル」といった言葉は
僕が社会に出て間もない頃からあったけど、
当時それらの環境運動に携わっていた人達は
割と独特な空気があった。
世間と距離を置いて
独自の価値観に基づいて行動しているといった感じか。

その頃と比べ今は、
「エコ」や「リサイクル」がかなり一般的になってきてますね。
今回のイベントの参加者も
割と普通っぽい感じの方が多く来場していました。

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会場でいくつか行われていた
トークショーのうちの1つに参加してみて感じたこと。

利潤追求に走る企業を糾弾し、
「会社勤めなんて早く辞めて田舎暮らししましょう」
と言うパネラーの人と
それに賛同してる風の聴衆達。

その場の雰囲気に、ひねくれ者の僕は
「ビジネス」や「サラリーマン」に対する
逆偏見のような感覚を持ってしまいました。。

「利潤を追求する企業は悪」
「会社の歯車として働かされるサラリーマンは被害者、
いかにそこから脱却するか」的トーンが
その場を包んでいた気がして。

環境お構いなしで利潤だけを追求する企業は
確かに悪だけど、
そうでない企業もいっぱいある。

歯車としてただ働かされているサラリーマンを
確かにいいとは思わないけど、
そうではないビジネスパーソンもいっぱいいる。

仕事にやりがいを感じながら
日々汗しているビジネスパーソンや
自分で仕事を創り出しているビジネスパーソンは、たくさんいる。


地球を大切にするライフスタイルと
利益を追求する株式会社で働くということ。
環境問題と経済活動は
つながってはいるが二律背反ではないはずだと
個人的には思うのです。

最近は、日本でもCSRの重要性が高まってきていて
環境NPOの活動と一般企業のCSR活動に
内容の重なるところも出てきているし。

・・・・まあ今思えば、
経営側の人間である僕が
その場から無意識に感じたアウェー感からくる
被害妄想だった気もしますが。。

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「エコ」「リサイクル」などの現在の環境運動は、
地球に優しく、
私達人間の体にも優しい(*^o^*)

でも、私達の財布には厳しい(>_<)

ここをどうクリアするかが、
僕達、実業界の人間に課せられた使命だと思う。

地球に優しく、
体にも優しく、
そして
お財布にも優しいとなれば、
さまざまな活動が継続性をもって
もっと広がっていくと思うのです。



・・・ちなみに、今回のイベントの特徴は
「マイ食器」。

「マイ箸」は当然のこと、
出店などで食べ物を買う際
持参した「マイ食器」に入れてもらうシステムでした。
$~ いちがやベンチャー日記 ~-タッパー入りのお弁当

しかも、「マイ食器洗い場」という場所まであって
さすがの徹底ぶりでした。
$~ いちがやベンチャー日記 ~-「マイ食器洗い場」横断幕

以前ブログでも書いたマンション組合の理事長職ですが、


震災の影響で多少延びていた引継ぎが先日終了し、

無事任期満了となりました。


過去ブログ「リーダーシップ」


昨年の就任時は

理事長職に世話役のようなイメージを持っており、

楽勝とは思わないまでも

何とかなるだろうと思っていました。


ですが実際は、それなりにヘビーでしたね。

特に、隣にマンションが建設されることになったことを受けた

地域の調整会と一緒になっての

住民のコンセンサス作りなど。


そのマンションの着工はこれからなので

新理事長始め理事会の皆さんにはまだまだご苦労が多いはず。



やってみて思った、社長と理事長の違い。


「社長」は、

「いざとなったら全責任は自分が取る」前提で

自分の「べき論」を掲げながら事にあたることが出来る。


それに対して「マンション組合の理事長」は、

組織の代表ではあるけど

そこまでの責任を負いたくても負えない立場にある。


結果、理事会におけるもろもろの結論が

無難な方へ向かいがち。



そんな中でも、僕も
「やるからにはよい仕事をしたい」という思いで
大切な生活の場であるマンションの
よりよいコミュニティ作りに取り組んできました。


結果、住民間でホームパーティーが行われるようになったり
廊下などで会った際の交わされる挨拶が増えたりと
住民同士のつながりが少しづつできてきており、
少しでも貢献できたかなと嬉しい限りですが
実際の僕自身は、相変わらずのつたない理事長っぷり。

他の理事の皆さんがとてもがんばってくれたからこそのこと。



でも、懇親会やハロウィーンパーティーなどの集まりの時に
住人の方々から
「理事長が吉竹さんで本当によかったです」
と言われた時は、
恐れ多く思いつつも
自分が認められた気がしてちょっと嬉しく思ったことでした。



「長」つながりでいけば、
あと自分が担っているのは、「家長」。

家長としての
僕の吉竹家における責任の取り方は
ビシッと決まっています。


ただ二言発するのみ。



「ごめんなさい。もうしません」
「すぐ片付けます」

・・・・このアクションで

何とか事態を収拾しようとするのですが

なかなかうまくいかず

大抵難儀します(-"-;A



スパッと責任を取る」というのは
ホント難しいですね。

ちょっと前になりますが
とある席で社員から
「やっぱり社長って孤独なんですか?」と尋ねられたことがあります。

唐突だったその問いに対し、
当人が将来起業を考えていると聞いたことがあったので
「『社長とNo,2の間の距離は、社長と新入社員との距離よりも遠い』と
よく言われているけど」
とその時は伝えました。

一般的にもよく聞く
「社長は孤独だ」という言葉、
改めて思い出して自問してみました。

『社長って本当に孤独なのだろうか?』

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「自分の立場をわかってくれない」という思いを持つのは
何も社長ばかりではないはず。
組織にいる人、特に上司にあたる立場にいる人は
多かれ少なかれ経験する普通の話。

ただ、その人が孤独を感じるかどうかは
ポジションによるコミュニケーションの役割をどう捉まえるかで
決まるように思います。

ポイントは、
「伝えるべきことを伝えられたか」と
「聞き取るべきことを聞き取ることができたか」。

それらができていれば
上司の立場であっても
孤独を感じることは少ないのではないのかな。


また、孤独を感じていても
「このポジションに就いているからにはしょうがない」と
その状態を受け入れ
孤高を気取っている人もいるように思うけど
それは違う気がする。

「伝えるべきことを、相手に伝える努力をしたのか?」
「聞き届けるべき内容を、相手から聞き届ける努力をしたのか?」
・・・・孤高を気取る前に
やるべきことはあるだろうって思う。

もちろん、自分の抱える孤独感を解消しようと
部下に迎合するのも違う。
部下側が
何でも上司に合わせてしまうのも違う。

・・・・結局、孤独を感じるかどうかは
自分の立ち居振る舞いやコミュニケーションの取り方で
変わってくるのではないでしょうか。

私自身、
まだまだ合格点に達していないと
常々感じております。

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ちなみに、孤独を感じることは
会社組織にとどまらず
家庭やコミュニティにおいてもあること。

僕の場合も、家庭では
妻と8歳の娘が結託して
「あっち行って!」などと僕を遠ざけ、
結果孤立させられてしまうケースがあります・・・・(ノ_-。)

この場合は
がんばって話をしようとすればするほど
余計孤立していくことになりがちなので、
孤高を気取って
新聞でも読んでる“ふり”をしているしかありません(-""-;)