自分の中に残っています。
「性善説」でも「性悪説」でもなく
「性弱説」。
あまり覚えていないのですが、確か
・ 人は元々「善い」でも「悪い」でもなく「弱い」もの
・ その「弱さ」につけ込まれることで、色々なことが引き起こされる
といった内容で、
なるほどなーと思いながら
読み進めた記憶があります。
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この「性弱説」のいいところは、
自分を律しやすくなるところ。
「性善説」と「性悪説」、
どちらの場合も
善や悪は人が決めるものとならざるを得ないため
自らの改善余地が少なくなってしまう。
しかし「性弱説」、
つまり「人は弱いもの」だと思えば
やりようがある。
弱ければ、鍛えればいいし
弱いからこそ、支え合おうと思う。
弱いからこそ
自分に対するコミットメントで自分を追い込んだ上で
結果を出そうとする。
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そう考えると、
「性善説」「性悪説」と「性弱説」は
時と場合、対象によって
使い分ければいいのかもしれません。
例えば
若い人を伸ばしたい時は、「性善説」で。
失敗が許されないことに対応する時は、「性悪説」で。
自分を振り返りセルフマネジメントしようとする時は、「性弱説」で。
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「性弱説」が僕の中で腑に落ちたのは、
きっと僕自身が弱い人間だから。
例えば、このブログ。
「水曜日の朝7時に毎週更新する」と
最初に宣言して始めましたが、
途中ツライことが何回もありました。。
でも何とかこの3年間
1度もサボることなく毎週更新できたのは、
たぶん自分で決めたコミットメントだったから。
人からちゃんとやるよう言われると
「今やろうと思ってたのにー」と
やる気が落ちてしまう僕のようなタイプには、
コミットメントのような
自分で自分を追い込むやり方の方が
効くようです^^;