ここしばらく、
各方面で「総理辞めろ」だの「辞めさせる」だのという
騒ぎが続いていますね。

この件は色んなところで論じられていますが、
とにもかくにも僕は
1年ごとに国のトップが替わる事態が
異常なのは確かだと思っています。

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総理自身がいいか悪いかはここでは置いておくとして、
彼を総理大臣に選んだのは国会議員で
その国会議員を選んだのは僕達国民。

つまり、間接的ながらも
彼を総理大臣に選んだのは僕達。

だけど、自分達が選んだ総理大臣を
支えようとしないのが世間の風潮。
特に、マスメディアがその風潮をあおっている。

「ペンは剣より強し」という言葉を
履き違えているんじゃないかな。

評論家や批評家は
起こっている事象に対する
無責任なダメ出しのみで、
問題の本質に対する考察に
及んでいるケースが少ない気がします。

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世の中の権力に異を唱え
企業や政治が暴走しないよう
牽制する機能は何より大切。

しかし、今のマスメディアは
揚げ足取りやあら探しレベルの報道がほとんど。

今となっては、
トップが次から次に変わるという異常事態に
世間が慣れてしまった感もありますね。
特に、
バラエティー化された報道番組の罪は重い。

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「先に結論ありき」の状態で
それを正当化する理屈を並べていくと
その結論はなんとなく正論に見えてしまいがちだが、
そこに並べられているのは「理屈」ではなく
「屁理屈」である場合も多いのでは?

その結論に周りが無理矢理合わせていることも
多そうだし。

冷静に
「じゃどうすべきか」を反対側からも見てみたりしながら
議論を進めていくことが必要なのだと思います。

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『毎年トップが変わる』
・・・会社であればまずあり得ないこと。
誰からも信用されなくなってしまいますよね(>_<)

長すぎる独裁政権も問題ですけど・・・。

とにかく、あまのじゃくな私は
世論が一方向に流れ騒がれていると、
つい本当にそうなのかと考えてしまいます。

実は、今の混乱の真犯人は
我々国民なのではないかと思っているのです。
「会社は何のために存在しているのか?」といったテーマで
これまで何度か書き綴ってきましたが、
今日のテーマは
「会社は何でできているか」
です。

会社は、色んなものから成り立っています。
商品やサービスだったり、工場・店舗や設備だったり・・・。
色々あるけど
僕の答えは、「人」。
割と見解の一致するところでしょう。

会社は人から成っている。
実際に、「強い会社」とは
「人が強い会社」だと思います。

人の強さは、組織力として発揮されます。

攻めの時は、強いチームプレーで
一丸となって戦うことで成果を上げられる。

守りの時・危機の時も
強いチームプレーを機能させることが求められる。

そのために必要なのは、
「仲間に対する信頼や主体性を持っているか」と
「自分事となっているか」。

無事守りに成功したら、そこには必ず
より強い仲間に対するロイヤリティが生まれ
勝利がもたらされることと思います。


会社の強さは、勝っている時は見えやすい。
むしろ、ピンチの時こそ
会社の真価が見える。

そんな時、いかに会社を固め、前に進めていくか。

そのためには、会社の上層部が現場の力を信じ
現場もそれに応えてくれることで
達成させることだと思う。

スタッフの皆さん、本当にいつもありがとうございます。
先日、たまたま見た雑誌に
映画「奇跡」の記事が載っていました。

「奇跡」は
九州新幹線を舞台に
はなればなれに暮らす兄弟を描いた物語で
現在公開中。
今度見に行きたいと思っています。

それはさておき、
記事を読んでいて心にひっかかったのが
監督インタビューの中の一節。

確か

「人間の成長はどん底の中から生まれる」

といった内容。

なるほどと思って
僕自身はどうだったか振り返ってみたけど
あれっ?!
これと言った「どん底経験」が思い浮かばない・・・。

過去の出来事1つ1つを振り返ってみると
入試や就職、病気や失恋(?)など
それなりの失敗経験やうまくいかなかった経験をしてきてはいるけど
「どん底」ではなかった気が・・・。

ということは、あまり成長していないのかな?
それとも、単なるノーテンキなのか。。

確かに、昔の友達に会うとたいてい「変わってないなー」と言われるし、
自分でも20歳の頃と心持ちは変わっていない気がするんだけど
どーなんだろう( ̄_ ̄ i)

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そういえば僕はこれまで
挫折から割と軽やかに立ち直ってきた気がする。

「這い上がる」というのではなく
スパっと「切り替える」イメージに近いかな。

仕事でも、何かの阻害要因を
「できない理由」と見ずに
「解決すべき課題」と見るようにしてきた。

色々なことを”健全なストレス”に変換すること、
それも成長につながるのではないかと思っています。

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それでも、
挫折には大抵「どうしようもないこと」がつきまとう。
その「どうしようもないこと」を解決する必殺技が、

『あきらめる』

ということ。

ただし、その後が肝心。

・・・・で、どうする・・・・


「あきらめ」って、結構重要だと思ってます。
国全体に目を向けてみると
例えば節電の件。

こうなったらしょうがない、と各企業・各家庭・各個人が
ある意味「あきらめて」
いろんな取り組みを行っている。

今回の件をきっかけに
日本も確実に成長することになると思っています(^-^)/

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ちなみに、目下の僕の最大のストレスは
毎週やってくるこのブログの締切。

書き上げても書き上げてもまた次が来るので
先が見えないし、
成長しているような気もあまりしないし・・・。

・・・・いや、このブログで公に発信せねばならなくなってから
世の中のことと会社・社員のことなど
様々な事柄をいろんな角度で深く考える頻度が増えた気がします。
実は成長しているはず!

どんな人でも毎週続けていれば何かしらの成長はあるということで、
「継続は力なり」とはよくぞ言ったものですねv(^-^)v
以前話題となった「想定内」と
今回東電から発せられた「想定外」。
これらの言葉が
安易に使われていることを感じます。

特に「想定外」という言葉に
後出しジャンケンのような印象をぬぐえなくて。

「想定外」というのは
予めあった想定の外側、
つまり「想定を超えている」という意味だが
今回の原発事故においては
当初の想定自体が甘かっただけなのでは?
だから、予測不能の「不慮の事故」という扱いにしては
いけないように思うのですが・・・。

また、想定があるのであれば
あらゆる想定に対し
事前に対処できるようにしておくべき。
そしてその後も
その想定が甘くはないか、もしくは過剰ではないか
定期的に点検していかねばならないと思うのです。

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こう思うのは、我が社ではこれまで常々
「世の中というものは想定外のことが何かしら起きる」前提で
動いてきたから。

実際に、一般的には「想定外」という言い方をされることの多い
地震・テロ・疫病等の事態が実際に発生した場合も
何とか凌げるだけの土壌を
特に財務面において作ってきました。
もともと季節変動の激しい商売だったこともあって。

あと必要なのは、定期的な見直し。
「自分が考えていた想定そのものが適切かどうか」や
「環境が刻々と変わる中、新たなリスク要因を常に洗い出していくこと」
が必要だと思います。


また、想定内容は必ず数字で表されるべき。
適切な打ち手のためには
「万一お客様が激減した場合は・・・」ではなく
「万一お客様が50%減となった場合は・・・」
とすべきでしょう。

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想定といえば、食事とか間食とか
今の僕の食生活をそのままずっと続けると
体はよくない状態になるだろうという「想定」はある。

実際、健康診断では
ここ数年ギリギリセーフ状態が続いていたけど
とうとうグレーゾーンにあたる数値が出始めてしまいました。

このグレーゾーンというのがまたよろしくない。
この状態がよくないことをわかりつつも
抜本的対策を打つまでにはなかなか至らない自分がいて・・・。
この
「わかっちゃいるけど、でもまだ大丈夫」的状態、
リスクマネジメントの観点からすると
非常にまずいパターンです。

体脂肪率なども、
世間の基準よりさらに高い健全なレベルへ
自分の体を持っていこうとすることが大切なんです。



・・・・そんなこと、わかっとるんじゃあぁぁ\(*`∧´)/

以前、「就職氷河期」というテーマで

『「どこで働くか」より「どう働くか」の方がはるかに大切だ』

という内容のことを書きました。

過去ブログ「就職氷河期」


ネタを探して過去ブログを見返していた中で
その内容が意外と評判よかったことを思い出し、
調子に乗ってこのテーマについて

さらに書いてみることにしました(^^)v


今回は、その中の
「働くことは生きること」という内容について。


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「働くことは生きること」だと考えると、
「どう働くか」「どう生きるか」に直結する。

『どう生きるか』

・・・・この問いの答えを色々考えていくと、

「なぜ生きるのか」に行き着きました。

うーん、

「なぜ生きるのか」か・・・。



普段あまり考えることのない問いですよね。

そんなこと考えなくても

毎日は過ぎていくし。


そんな僕達が

「なぜ生きるのか」という問いについて考える

いいきっかけになるのが

就職活動の時だと思うのです。


「どこで働くか?」を真剣に考え抜いていくと

むしろ「どう働くか?」に考えが及び、

さらに「なぜ働くのか?」→「なぜ生きるのか?」というところまで

思考が進んでいきやすいから。



さらには、転職活動の時も同じ。


1度決めた自分の職を変える決断となると、

否応なしに

自分のこの先の人生を合わせて考えることになるから。


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まだ若い人達が

「なぜ生きるのか」という問いの答えを

持っていなくてもいいと思います。


でも、三十路・四十路に入った人間が

何の問題意識も持たないままに

1日1日を過ごしているとしたら・・・・。


「なぜ生きるのか」という問いを

自分自身に問いかけないままきているとしたら。

悩むことを忘れていたり、あきらめたりしていたとしたら
とてももったいないことだと感じます。


答えにたどり着くことよりもその過程、

自分に問い続けることが大切なのではないでしょうか。



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「なぜ生きるのか」の問いを
会社に置き換えるとしたら

「なぜ会社が存在するのか」。

「なぜ会社が存在するのか」


・・・僕にとっての答えは、まさに
テレコムスクエアの経営理念TSWayの中の一文


「新たな価値を世の中に提供する」


ためです。


会社が存在した証を世の中に示したい。

「テレコムスクエアが世の中に存在したことで、何かがよくなった」

と思ってもらいたい。


これが、僕にとっての

会社の存在理由です。


最近流行りのドラッカーさんの言葉にも

ありますね。

『何によって人に憶えられたいか』、と。

うーん、挑戦あるのみ(^^)/