My Life is

My Life is

zonji
LINE wanna be Anchors
作詞作曲

阿部将也

毎日を生きること。

疲れたら休めばいい、当たり前のことです。


でも休むとどんどん差が開いていくような、移り変わる時代にポツンと一人取り残されるような、そんな気分になる。実際はそうじゃない。SNSではがむしゃらに働いてるあの人も、キラキラしているあの人も、休んでいる。休まなきゃ死ぬからだ。人は休まないと例外なく死ぬ。そして何となく、みんな最後は0になると思う。抽象的に推敲していくが、どれほどの成功を収めても、どれほど苦しみに明け暮れても、自分で死を選ばなければ最後はみんな±0に落ち着くような気がしている。僕は地獄のような人間で、生きるのが本当に下手くそです。嫌なことがあったら嫌なことをとことん掘り下げるし、どんな素晴らしい事があっても心から喜ばなかったりする。自己防衛と捻くれによって産まれたモンスターみたいに自分のことを捉えています。でも僕は人を愛す事ができるし、見返りがなくても愛を注ぐ事ができる。そして誰よりもセンシティブに心の機微に気付ける。疲れたら僕の元においでって本気で思うし、癒してあげたいと思う。この時点でもうプラスのような気はしているが、嫌な事があった時の僕の沈みようは半端ではないのだ。


話が脱線しまくった。とにかく疲れたら休む。頑張れそうになかったら頑張らない。これが大事。見なくても良いものや見ちゃだめなものが平気で眼前を縦スクロールしていく。知らない間に心はすり減っているのだ。現代人病とも言えるがこのストレスははっきり言ってかなり危険だ。中学生の時に好きだったクラスメイトの鍵付きブログをこじ開けるために4時間も費やしたが見られなかった。それくらいでいいのだ。見たいものを血眼で探すくらいがいい。


話が脱線し過ぎてる。とにかくみんな休もう。急がなくていい。昨日より少しだけでも進めたら、かっこよくいれたら大成功です。呑気にいきましょう。

複雑な色や形をしたフィルターを何枚も眼前に張り巡らせ山頂からの景色をぼやかしている。もうとっくのとうに満たされていて何も欲しいものはないはずなのに無理矢理あれも欲しいこれも欲しいと地団駄を踏むのだ。

出会いと別れは物理的なそれと精神的なそれがある。精神的な出会いと別れは孤独な時間に起きる現象だと思っている。謂わば出会いは許容や妥協、割り切りみたいな意思の元発生する現象だ。頑固さを取り払った先に新しい何かが待っていて、少しだけ心の霧が晴れるようなそんな気がする。あれは嬉しいよね。別れは棄てることに近い。自分の一部だった何かを置き去りにして前に進む行為に近い。何度も振り返りながらちょっと戻ったりしながら歩く。当然別れの方がパワーがある。総エネルギー量が桁違い。その分得るものが大きいか、と言われればそうではない。しかし本当に大事なものに目が向く。愛を注ぐ回数と量が増える。少しずつ愛を向ける対象が少なくなっていく。最後に残る2.3くらいのナニカが僕にとっての全てなのだと思う。

フィルターを外してももしかしたらどよーんとした景色が待ち受けてるかもしれない。その時はその時考えればいい。

あっけなく過ぎていった春と、自己主張の強い夏が混ざり合っている。暑い、これを書いている今もじんわりと汗をかいている。


昔から僕は友達を作ったり、仲間を作るのに苦労をした。僕の見てくれの影響があるらしい。おまけに近寄らないでくれ、みたいなオーラが出ているとか言われる。全くそんなつもりはないのだが、もうかれこれ20年ほど言われているのできっとそうなのだろう。その影響もありつつ(多分)インターネットで自分自身が伝播しにくい。お客さんのSNSとかを覗いてみると僕についてコメントはなく、他の人のことについてたくさん書いていたりする。自分を励ます為に二つ理由を考察した。


一つ目は、先述のそれだ。何となく軽はずみにコメントしづらい雰囲気にやられて応援しづらい。

二つ目は、純粋に作品が刺さっていない。


先に二つ目について言及するが、これに関してはもう僕の手の中にいないので仕方ない話である。また出逢える時に出逢おう。


さて一つ目だ。僕は何度か自分を変えようと頑張った。でもどうにもならなかったのだ。その度に心がしんどくなり、長くは続かなかった。ただ本当に何人かのお客さんはこんな僕を広めようと言葉を編んで魅力を必死に伝えようとしてくれた。(YouTube、TikTok、インスタでわざわざ紹介動画を作ってくれた人もいるんだぜ。めちゃくちゃその話は宝物だ。)きっとどデカいステージに立つ時もその人たちの顔が浮かんできて力になってくれるんでしょう。


だからもうありのままでいようと思う。

このままで尖っていよう。もっともっと好きなようにやるし、誰も周りにいなくなったらそれはその時に考えればいい。やれることが少ない不器用な人間はいい歌を歌えるはずだ。


この長風呂を出て、曲を作ろう。