複雑な色や形をしたフィルターを何枚も眼前に張り巡らせ山頂からの景色をぼやかしている。もうとっくのとうに満たされていて何も欲しいものはないはずなのに無理矢理あれも欲しいこれも欲しいと地団駄を踏むのだ。
出会いと別れは物理的なそれと精神的なそれがある。精神的な出会いと別れは孤独な時間に起きる現象だと思っている。謂わば出会いは許容や妥協、割り切りみたいな意思の元発生する現象だ。頑固さを取り払った先に新しい何かが待っていて、少しだけ心の霧が晴れるようなそんな気がする。あれは嬉しいよね。別れは棄てることに近い。自分の一部だった何かを置き去りにして前に進む行為に近い。何度も振り返りながらちょっと戻ったりしながら歩く。当然別れの方がパワーがある。総エネルギー量が桁違い。その分得るものが大きいか、と言われればそうではない。しかし本当に大事なものに目が向く。愛を注ぐ回数と量が増える。少しずつ愛を向ける対象が少なくなっていく。最後に残る2.3くらいのナニカが僕にとっての全てなのだと思う。
フィルターを外してももしかしたらどよーんとした景色が待ち受けてるかもしれない。その時はその時考えればいい。