My Life is

My Life is

zonji
LINE wanna be Anchors
作詞作曲

阿部将也

毎日を生きること。

深夜までやる気が出ないことはしばしばだが、雨の日は決まって身体が重い。やっとのこさ椅子に座り、制作を始める。始めてしまえば5分10分と時間が過ぎるのだが、始めるまでが大変だ。スピーカーで作業をすると雨の音が小気味よく屋根を叩いて、別のインスピレーションが浮かぶ。それはそれでいいのだが、今日はもう仕上げ作業なのだ。煙草を一本吸い終わり、僕はヘッドフォンをした。ヘッドフォンをつけて作業するとギターを持ち替えたり、思いついたメロディをすぐ録音するための移動が億劫になるので僕は基本的にスピーカーで作業をする。新幹線移動の時はヘッドフォンで仕事をするが、何となく気分が上がらない。でも今日は驚くほどに没入できた。怪我の功名と言ったところだ。でもスピカーで聴き直すと、結構違うニュアンスで音が聞こえてくる。そして直す。

でもここで気づいた。どっちが正しいんだろう。スピーカーはかなり高性能なメーカーのものを使っていて、それ故の信頼がある。ヘッドフォンはそれなりにオーディオにこだわりのある方なら手の出せるものだ。最高の音を届ける為にかなりの時間を費やしているつもりだが、果たしてそれは正解なのか?あっという間に歳をとり、人生のスイートスポットが通り過ぎていくことを想像すると、できるだけ多くの曲を届けたい気持ちが僕にはある。完全に一人でモノづくりをするので(楽器はコラボレーションすることが多々あるがミックスは僕がやる)そこの裁量は僕次第というわけだ。

雨が降らなきゃこんなこと考えなかったし、雨が降らなきゃ6時間で終わるような作業じゃなかった。雨に感謝して、今日はもう眠ることにする。少し肌寒い空気が気持ちいいのですぐに眠れそうだ。

優しさの奥に隠れた本音を知って、やっぱりそうだよなあと思い赤面する。穴があったら入りたいし、一生フラッシュバックするだろう。そもそも自分の価値を見誤ったり謙虚であることを忘れているときにこのとんでもなく恥ずかしい状態になる。自戒として、潮が満ちる時は溺れないようにしなければならないし、潮が引いた時は水不足の心配をしなければならない。その時々の状況や境遇は大きな流れの中で見ると微小な動きでしかないのだ。

ある程度、本当に少しばかりだが、期待をすることや願うことをしないと人生の彩度が低い気がして最近は少しだけ、本当に少しばかり、期待するようにした。そうしてから感情の上下幅がかなり大きくなった、いや大きくなってしまった気がする。刺激的と言えば刺激的なのだが、少ししんどい面もある。それを生きていると、誰かが言うならばそういうことなんだろう。

川の流れのように生きていたいと思う。自分が思うままに、やりたいことをやって、頼まれたことをやって、時々傷ついて、幸せな時間を過ごしたい。その中であと何度誰かの傷を請け負えるだろう。傷を請け負うということはもちろんそれなりにしんどい。それよりも僕はその一瞬でも自分を必要としてくれていた輝きに心が動くのだ。大切な人であれば大切な人なほど傷を請け負ってやろうと思う。御礼はタバコくらいでいい。

この先の人生、起きたことや、起こってしまったことを全て受け入れてあまり気にせず生きていきたい。まあいきなりは無理な話なんだが、ゆっくりゆっくり完成に近づいていこう。

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