てくがたのブログ-「NIYA」オープン初日 松本駅前にある伊勢町通りで、先週の木曜日22日に行列ができていた。小雨が降る中、傘を片手に50名ほどの人が並んでいた。男性の姿は見かけず、ほとんど女性だ。20代からお年寄りまで幅広い年齢層で、中には子供連れのお母さんもいた。


行列ができたのは、この日オープンするお店でキャンペーンとして、50本限定で、生クリームがたっぷり入ったロールケーキが通常より700円安い500円で販売されたからだ。


お店のオープンが朝11時であったが、10時半にはこのような状況で、お店の従業員が整理券を配り、対応をしていた。


東京では、行列が当たり前の光景かもしれないが、松本のような地方都市ではめずらしいことだ。行列が全くみないということはないが、よく目にするのはイベント期間中のパチンコ屋といったところか。


このお店の名前は「ダイニングレストラン&パティスリーNIYA」。お店のオーナー兼シェフが荷屋さんという方で、長いこと上高地のホテルのシェフとして腕を振るっていたが、この度子供2人と一緒に独立して、この店をオープンしたとのことだ。


オープニングキャンペーン中の22日から24日までの4日間は、朝11時~15時までしか営業をしないが、通常は11時半~15時のランチタイムと17時半~20時:半のディナータイムに分けて営業をするようである。また食事のほかにも、洋菓子・自家製パン・惣菜・弁当といったものを店頭で販売しており、テイクアウトが可能である。

                            
てくがたのブログ-NIYA店内 ロールケーキを買う気はなかったが、その日の昼食をここで摂ろうと思い、12時半頃に店内に入った。中では席待をしている人達が20人ほどで列をつくっていた。それから10分も立たないうちに、お店スタッフの方が、新しい来店客を丁重に断っていた。


てくがたのブログ-NIYA厨房 ランチタイムという限られた時間の中にお客が集中するため、ホールスタッフも厨房スタッフもあわただしく仕事をしていた。新しいお店ということもあり大変そうである。個々のスタッフがまだ仕事の勝手がつかめず、また皆の息がまだあわないという感じがした。時間が解決する問題ではあるが、新店らしい初々しさだ。



てくがたのブログ 店内に入り、そこで30分くらい待ってから、やって席につくことができた。もちろん満席である。



特別価格になっていたということもあり、ビーフシチューランチを注文することにした。通常1,800円のところが980円で食べることができた。昼食で1,800円を使うことはないので、こういう機会でないと、こういうものは楽しめない。



てくがたのブログ-NIYA ビーフシチューランチ1 まずは、じゃがいものポタージュスープと自家製パンとサラダ。そしてその後、メインのビーフシチューが配膳された。


シチューに肉汁と野菜のエキスがよく溶け込み重厚の味になっており、また長時間煮込んである証拠に牛肉が柔らかく、それにシチューの味がよく染み込んでおり、牛肉を噛むごとに口の中に牛肉とシチューの味が混然として豊かな味わいとなって広がっていく。

またこの牛肉が大きめに切り分けられているのがうれしい。

てくがたのブログ

てくがたのブログ-NIYA 食後のケーキそして、このランチメニューの最後に、ほどよい苦さがあるチョコケーキと、紅茶。


普段の生活を考えると、昼食で980円というお金を使うこともあまりないし、定価の1,800円となるとほとんどありえないレベルであるが、食した後の満足感からか、たまにはこういう贅沢もいいかと思えてきた。






てくがたのブログ 帰り会計の際、レジの下のガラスケースに並べてある色とりどりの洋菓子が気になり、シュー・ア・ラ・クレーム(仏語でシュークリーム¥241 下写真右)とメレンゲ・フリュイ(¥367 下写真左)を購入。


メレンゲ・フリュイは手の込んだお菓子だ。外部はパイ生地からなり、その上部にはこがして香ばしくなっているキャラメルがコーティングされている。中にはカスタードクリームと、生クリームが層になってたっぷりとあり、その中心部にイチゴとキウイが入っている。ちなみにフリュイとは果物の意。


サクサクとしたパイ生地の食感はよいし、また生クリームとカスタードクリームの違った甘みが混ざってくどそうに思うが、キウイとイチゴの酸味がそれを打ち消し、それを感じさせない。むしろキャラメルの風味がアクセントととなり、絶妙に調和され楽しい甘さに仕上がっている。

てくがたのブログ


これもオープン記念の特典であるが、洋菓子を買ったおまけとして、下のようなクッキーやケーキが入った詰め合わせがプレゼントされた。てくがたのブログ


食事を終え、私が事務所に帰って、そこからNIYAの方を眺めてみるとまた行列ができていた。3時からNIYAでコロッケ1個10円で販売する企画をしていたからだ。


私がNIYAに行ったのはオープン初日の22日だけであったが、今述べたような、オープニングキャンペーンを24日まで3日連続おこなっており、毎日行列が伊勢町で見ることができた。


どのくらいの利益率をあげながらこのようなキャンペーンしていたのか分からないが、キャンペーンだから行ったという私みたいな人間もおり、そこからリピーターになる人は多いだろうし、行かなかったとしても、行列をつくりだすことによってそれを見ていた人に何らかの印象を与え、何かの機会にたずねてみようと思う人も、その中にはいるだろう。行列が連日できた段階で宣伝は大成功である。


しかし、キャンペーンが終わり通常営業となった時に、どのくらいお客さんがこのお店に足を向けるのだろうか。少し心配である。実際商売がうまくいかなくて閉店するお店が近年松本駅前には多い。この伊勢町にも空きテナントが多くある。NIYAのあるビルも長い間空きテナントだった。まだその上階は空いたままだ。


個々の店舗が営業努力をすることは必要であるが、個々にできることは限界があるように思える。郊外の大店舗のような資本はないし、また売り場スペースもない。また駅前のような場所に外部の人が来る場合は、車を駐車する必要がある。駐車するには郊外店とは違い当然駐車代がかかる。

 

駅前に来る時、個々の店を最初から目的としているという人も多いと思うが、多くの店をはしごして訪れるメリットがあれば、もっと足を運ぶ人が増えるであろう。そうなるためには、個々の店がもつ専門的なものを皆が協力しアピールして、点ではなく点を結ぶ線、そして面として、新しいライフスタイルや、新しい娯楽を提供するマチづくりをしていかなくてはならない。本来マチという空間はそういう場所であったはずだ。散在する郊外店はこのようなことはできづらい。店舗が集約する駅前のようなマチ場だからこそ可能なことだ。


今でも定期的なお祭り的なイベントはあるものの、一過性のもので終っているように思われる。そういう時は多くの人が駅前に来るが、それ以外では来ない。特に平日は人の流れがまばらだ。当然日常的に人が集まらなければ、お店の経営は苦しいものになる。では何をすべきか?


答えは決まっている。常日頃からの店舗間の協力関係をつくりあげることだ。駅前全体というと柔軟性がある取り組みはできないだろうから、業種別でも、また伊勢町といった町会別でも構わない。


例えば、イベントというと週末に偏るが、平日のある日に松本駅前にあるお菓子屋・ケーキ屋・パン屋などが、オリジナルのお菓子を数限定で10円といった廉価で販売するとか。新伊勢町あたりの飲食店が協力して、1日に3軒はしごすると、3軒目は生ビール飲み放題になるとか・・・。


最初は内容はどんなことでもいいと思う。毎日何かを仕掛け、それをしっかりと告知することを徹底していき、それを続けていけば、徐々にだが、駅前中心に人が流れるになってくるのではないか。目的がなくても駅前にいけば何か楽しいことがあるかもしれないと思わせることができれば成功である。つまり「散歩が楽しいマチ」になっていけばいいのだ。


このように口で言うのは簡単であるが実際やろうと思うと、反対する人が多々おり、利害調整が非常に大変であろう。NIYAの話から大分脱線してしまったが、一つの店舗でもやり方しだいで人を集めることができるということを目にして、そのような仕掛けをマチ中の各店舗が協力しあって、取り組めれば駅前が活性化するのではないかと思い、とりとめもない文章を書いてしまった。
















てくがたのブログ-松本・城山公園2
先週、一週間、雨・風が激しくまた雪が降ったりして、満開だった桜が大分散ってしまった。しかし地元新聞で桜情報をチェックすると、まだ先週末の段階で、“満開”の表示がされている地域が自宅の近くにあった。城山公園である。


城山公園は松本駅から直線距離で2キロの場所にある。駅からほど近い松本城の桜は、ほとんど散ってしまっているし、また自宅の周囲の桜も同様であり、それらからそれほど離れていない場所に、城山公園があるのに、なぜ“満開”なのか???不思議に思い、この日曜日に自宅から1キロしない距離を15分程度歩いて城山公園をたずねてみた。


てくがたのブログ-松本・城山公園3 城山公園は、明治8年に松本に設置された初めての公園である。名前から分かる通り、鎌倉時代につくられた山城跡である。今での石垣・堀等の遺構を確認することができる。


ここの整備が進んだのは、近世の天保14年で、松本藩主の戸田氏が桜や楓を植え、民衆にこの場所を遊楽地として開放した。当時一揆が頻発したため、民衆を懐柔することを目的とした施策であったようだ。







てくがたのブログ-松本・城山公園1
城山公園をたずねてみると、桜の花びらが枝をしならせており、十分に観賞を満喫できる状態だ。


松本市街地とは違い、桜がまだ満開なのは、山の上ということもあり、気温が多少低いためだと思われる。そのため市街地のものより、満開の時期が少しずれているのだろう。


この日天気に恵まれ、のどかの陽気の中、絵に描いたような日曜日の光景がそこにはあった。デート中のカップル、散歩しているお年寄り、両親とともに遊具や芝生の上で遊んでいる子供たち・・・。桜はそこに彩りという演出を加えている。


ベンチに座って、のんびりしていると眠気にさそわれ、そこに横になった。眠りに落ちそうになったのだが、ブヨのような小さな虫が体にまとわりついたため、それが気になり、うたた寝することはできなかった。暖かくなれば、虫たちが活発に動くようになる。桜と同じように、当然それも春が来た証拠だ。



てくがたのブログ-松本・城山公園4 満開といってももう、散り始めており、桜の枝をよくみると、緑の葉が顔をのぞかしている。


風がふくたび、花びらが舞い、木の下には桜の絨毯ができている。もう1日・2日でほとんど枝から花びらがなくなってしまうだろう。そこに寂しさを感じないわけはないが、その寂しさが桜の美しさを一層ひきたてる。桜は散り際は一番美しいというが、それに反論することができようか。


てくがたのブログ-松本・城山公園5








                                  


てくがたのブログ-マイルス 先日ジャズ喫茶で、何気なくマイルス・デービスが表紙の「スィウィングジャーナル」2月号を読んでいると、思わず苦笑してしまう記事があった。


その内容を要約する。


2009年12月7日、スペインでおこなわれたジャズフェステバルで、ラリー・オックス(sax)が率いるバンドの演奏を聴いた観客が「これはジャズではなく、自分の健康に害を及ばしたので返金してほしい」と主催者に要求したが、主催者がこれに応じないないため警察に通報。そしてこの場にかけつけた警察が「これはジャズではない」と断定し、主催者側に返金するように応じるように命令した。このことをイギリスの新聞で知ったウィントン・マルサリスが、その新聞社に連絡をとり「そのクレームをつけたお客は偉い。私はその人に自分のCDをプレゼントして、彼の勇気を讃えたい」というコメントを寄せた。


という内容である。おかしいことだらけの話である。ラリー・オックスはいわゆるフリー系の演奏をしたのであろうが、その演奏が気に入らないから金返せという人がいることがおかしいし、しかし世の中には色んな人がいるからなぁと思っていると、またおかしな人があらわれる。そう警察官である。ジャズではないと断言するのもどうかと思うが、いったい何の権限で返金をしろと命じたのだろうか。完全に民事事件でそれを判断するのは、裁判官しかいないはずなのに。そしてこの話の最後に現れるのはウィントンである。ウィントン・マルサリスといえば、ジャズ界のビッグネームである。そんな人が求められてもいないのに、自分から新聞社に自説を述べるために新聞社にわざわざ連絡するだろうか。コメント内容自体もおかしいが。


ウィントンを落ちに使ったよくできた笑い話のようだ。しかしウィントンならこのような行動をいかにもしそうだなとも思う。


ウィントンは伝統的なジャズの回帰を主張して、80年代初めに彗星のように表れた。当時フリースタイルなジャズが下火になり、電子楽器を多様しながら、ジャズとロックや民俗音楽などが融合したフュージョン音楽が全盛を迎えていた。何がジャズなのか分からなくなった時代と言えよう。そんな時に何がジャズなのか明快な回答をしたのがウィントンである。50年代から60年代に主流であったテーマとアドリブからなる形がしっかりと決まったものこそがジャズであると、トランペットの明朗の音色と高度の演奏テクニックをもって示した。そして多くのジャズファもそのことに拍手喝さいした。


そしてウィントンは演奏だけではなく、数々のマスコミを通じて、自らのジャズ観を文字通り主張して、テレビ番組でフリー系の奏者と大喧嘩をしたこともあるし、またジャズ界の帝王と呼ばれていたマイルス・デービスにも噛み付いている。当時マイルス・デービスは独自のフュージョン音楽に邁進していた。もっとも彼自身は自分の音楽をジャズとか、フュージョンという言葉でカテゴライズされることを嫌がっていたが。


そう、ウィントンはしなくてもいいような争いを好んで自らする前科があるのだ。演奏が型にはまっておもしろくないとか、優等生的な発言が目立つとかいってウィントンを非難する人が多いが、このような論争をして、火の粉をわざわざ浴びに行くウィントンって非常にとんがっている感じがして、私は好きだ。


彼の主張は正直矛盾する。ジャズはスタイルをかえながら、今に至っている音楽だからだ。ある種のイメージはあるが、何がジャズであるか定義するのは難しい。デキシーランド、ビッグバンド、バップ、クール、ハードバップ、フリー、フュージョン等・・・。こんなことは承知で確信犯的に本当のジャズとは何かをウィントンは主張しているだと思う。


マイルスは先に述べたが、自分の音楽をジャズと呼ばれるのを非常に嫌っており、自分の音楽は“マイルスの音楽”と呼べばいいと述べている。公でこのようなことをあまり述べなかった人であるが、そのことでレコード会社ともめ、レコードおける自らの音楽の解説書を拒否している。マイルスの音楽はスタイルを時代とともに変え、常に時代の先頭にたっていたもので、シャイな性格も演奏スタイルもウィントンとは大分違うが、非常にとんがった人であることは同じだ。


マイルスがウィントンの演奏を「時代遅れでつまらない」といって非難したこともあるが、自分の音楽を貫いているという姿勢は同じだ。もう今となっては分からないが、本当はかわいい奴って思っていた可能性もある。


そんなことを考えて、上記の記事を読んでいたら、ウィントンって相変わらずだなぁと思わず苦笑してしまったのである。てくがたのブログ-ウィントン







2005年に発売されたウィントン・マルサリスのアルバム「スタンダード・ライブ」(邦名)


これを聞くと、いかにウィントンが引き出しが多いアーティストか分かる。柔軟性がある熱い演奏を聞かせてくれる。


優等生だと思われるのは、彼のジャズ界を考えての政治的な発言からであろう。


スタイル自体は保守的かもしれないが、演奏そのものは決して保守的ではない。

一度聴いて欲しいアルバムだ。