てくがたのブログ

先日のブログにつづき、ご近所ネタ


自宅から、墓や住宅地を横切ったところにある近所のお寺、「放光寺」をたずねる(左写真)http://houkouji.com/


松本市蟻ヶ崎にある寺で、自宅と同じ高台部にあり、歩いて10分と近い場所にある。しかし道は墓を大きく迂回したり、住宅地で入り組んだでおり、ちょっとした迷路のようだ(高台を下りて、裾野からあるけば、分かりやすい道ですが・・・)。


また自宅からまっすぐこの寺にいこうとすと、登ったり、下ったりのアップダウンする道を歩かなければならず、着ていたポロシャツが汗ビッショになった。


放光寺に近づくと、70歳すぎの年配の方が次々と勾配がある参道を登っていく。今のご老人は元気だなぁと思いつつ、大した距離も歩いていないのに、少しバテ気味な我を省みる。


7月18日(日)のこの日と翌日、放光寺において「四萬八千日観音参り」がおこなわれる。


この両日にお参りすると、48,000日の間、ご利益があるという。48,000日というと136年以上だ。死後にもご利益があるというなんともありがたい日だ。逆にこの日にお参りしないと136年以上ご利益がないという意味もあるとしたらおそろしい。一生に一度は放光寺でお参りを。


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てくがたのブログ またこのお参りの日には毎年「ほおずき市」も境内でおこなわれる。


7月下旬、ほおずき市は日本各地でおこなわれる行事だ。お盆の時、盆棚に飾り、先祖の霊を招く提灯にみたてるため、この時期多くの人が買い求めるためだ。放光寺のホームページには、ほおずきはお盆に飾るとご先祖様を悪霊から守るということが書かれていた。


ほおずきは「鬼灯」と漢字で書く。かわいらしい実をつけたり、親や祖父の世代では口のなかに入れて、ふくらませて音を鳴らしたりしたという、ほほえましいエピソードと一緒に語られる植物だが、お盆の意味とか、この漢字の意味するところを考えると、この世とあの世をつなぐ植物という全く違った一面があり、どこかミステリアスに感じられてくる。


放光寺といえば、毎年1月の15日前後におこなわれる「厄除観音
」の縁日に、多くの参拝客が訪れ、屋台もたくさん並ぶ。しかしこの7月の「ほおずき市」の日は、それほど多くの参拝客は来ない。


しかし境内に全然人がいないということはなく、ほどよくおり、参拝者と売店の売り子(檀家の方)が楽しげに会話をしていたり、浴衣を着た子どもが境内で元気よく走りまわっており、アットホームな雰囲気にあふれていた。


私個人としては、檀家と思われるおばちゃんがアイスを参拝客に無料で配っていたことに感謝。とにかくこの日は暑かったので、いつになくおいしい。無料なだけにおいしさ倍増だ。アイスをもらうことで、信者への勧誘なんてこともなかった(こういうお寺もあるので注意)。そのようなことがもしおこなわれていたら、暑い日なのでアイスにつられて思わず信者へなんていう人もいるかも。


ところで、「ほおずき市」といえば東京浅草の浅草寺でおこなわれるものが有名だ。毎年7月10日でおこなわれ、またこの日は観音参りの日でもあり、この日に参拝すると、46,000日のご利益があるとされている。200軒以上の屋台があり、参拝客も1万人をこえるという盛大なものである。


しかし参拝者の数や規模は、浅草寺に負けるものの、松本放光寺は48,000日のご利益であるから、2,000日浅草寺より勝っている。2000日というと5年と少しの日数だ。こんなお国自慢をしたところで、126年だろうと、131年だろうと、死後の世界にいった時のご利益であるが・・・・。何か死後の世界でいいことはあるのだろうか。


もう秋であるが、やっとこの夏に撮影した写真を整理したので、何回かに分けて掲載する。夏休みの宿題を送れて提出するみたいだが、お付き合いしていただければ幸い。


そういえば小学校の夏休みの時、毎年のように「夏休みの友」というドリルの課題があり、2学期の始業式の9月1日ではなく、1週間くらい遅れて提出していたなぁと思い出した。「夏休みの友」って確か昔は全国の子どもたちに配布されていたはずだが、今でもあるのだろうか・・・・・。



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今回は、自宅周辺地域を取り上げたい。7月の終わりのお昼過ぎに散歩をした。


私の自宅は、松本市街地北西部の蟻ヶ崎という場所にある。蟻ヶ崎は山に連なる高台部とその麓の平地部からなるが、私は高台部に住んでおり、市街地を見下ろせる場所で眺めはよい。


この高台部は元々木に覆われた場所であったが、昭和30年代から開発がすすみ、現在は住宅地帯になっている。


もともと林であったのを切り開いているので、所々木々が残り、無機質な住宅地という感じはしない。


上の写真は、自宅の庭にいたセミ。毎年夏がくると、朝からうるさい

ほど鳴く。


自然が身近にあるのはいいが、この季節になると必ず家の中にムカデが現われる。中には30cmをこえる大きなものもおり、噛まれて足がはれ上がったこともある。気付けば壁をよじ登っていたり、天井にいたり、また布団の中にいたり、音を大きくたてるわけではないので、いきなり遭遇するといった感じだ。


遭遇したら、ジェット式フマキラーを持ち、戦闘体制。噴射して敵が弱ったところで、恐る恐る何枚も重ねたティッシュペーパーでつかみ、そのまま外に投げ出す。ムカデを見ると「ナウシカ」(by宮崎アニメ)にでてきた蟲を思い出すが、ムカデにフマキラーなんてナウシカに怒られそう。


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自宅の裏にあるりんご畑(上写真)。青りんごではなく、まだ時期ではないので青いだけ。こんなりんごを口にしたことはないが、食べたらどんな味がするのだろう。甘くなく決しておいしくはないと思うが。


てくがたのブログ 家庭菜園みたいな小さめな野菜畑も点在している。左の写真はとうもろこし。















このとうもろこし畑の脇できれいにひまわりが咲いていた(下写真)。いくつも咲いているので、種を収穫する目的で栽培しているのだろう。


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てくがたのブログ 先に述べたように、私が住んでいる地域は住宅地として近年開発された場所であるが、それと平行する形で墓地の造成も進められた(左写真)。


松本駅前にあった生安寺が、駅前開発のためこの地域に昭和37年に引越し、それとともに寺の境内にあった墓も一緒に移動している。駅前のパルコと花時計公園が、この寺と墓地があった場所だ。


この生安寺の墓だけではなく、市営の墓地も広範囲に造成され、またそれにともない火葬場もつくられている。


この地域は松本では高級住宅地と呼ばれることもあるが、墓がある場所がそう呼ばれるのは不思議である。


よくよく考えれば各地にある「郊外型ニュータウン」は墓地もセットで造成されることが多い。蟻ヶ崎(高台部)は市街地から車で10分と近いが、典型的なそれである。


昭和30年代、40年代に家を建て、ここに移り住んだという人が多く、子どもは成長して家元から離れたため、60歳代以上のお年寄りが多い。


このことは東京の多摩ニュータウンや大阪の千里ニュータウンも同様で、蟻ヶ崎と比較がならないほど規模が大きく、住民も多いので、近年高齢化ということが社会問題になっている。


松本市自体、長野県全体でも、子どもの数が減り、若者が都市に流出するという傾向がある。このようなことはかっては農村地域だけがよく語られたことだが、現在は市街地周辺でも目に見える形で高齢化が進んでいる。私が住んでいる蟻ヶ崎という狭い地域からも、このことが分かる。


てくがたのブログ あれこれ考え、散歩しているうちにしだいに日が傾いてきた。

そよ風が吹き、ひまわりが揺れている(左写真)。


夏でも夜が近づくと、風が吹き、涼しく感じられるのが松本の特徴。


同じ盆地でも私の故郷の甲府とは大分違う。夏の甲府は風はほとんど吹かず、湿気を帯びた空気が澱んでいる感じで、夜でも暑さが抜けない。



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墓地には5mくらいの高さがある地蔵が立っている(上写真)。夕日をバックにすると迫力がある。


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自宅に戻ると、近所の門のところで猫がくつろいでいた(上写真)。日が暮れて涼しくなると、猫が現われはじめる。


私がこの場所に住みだしてから7年が経つが、近年猫が増えてきたような感じがする。近所のお年寄りが猫を飼ったり、また野良猫でもかわいがるためだと思う。これも高齢化社会の反映といえないこともない。

てくがたのブログ 猛暑といわれた夏ですが、先週末くらいからだいぶ涼しくなり、しだいに秋を感じられるようになってきた。


空を見上げると雲が高くなり鱗状の雲が見られる(左写真)。


そういえばいつのまにか、あれだけうるさかったセミの声が聞こえなくなった。


ものぐさの私が、直近に書いたブログが7月の終わりだ。まったく情報を書き込まないうちに夏が終わったことになる(反省)。


先日の日曜日(9月12日)に、秋を感じたいと思い松本市街地近郊にある里山辺を散歩してみた。


里山辺は松本市街地から2km程西にある集落で、美ヶ原高原の入り口にあたる。以前ブログで紹介した「御船祭り」がおこなわれる場所だhttp://ameblo.jp/tekugata/entry-10529591344.html


そこに訪れて、まず目に入ったのが下の写真の花である。このアップの写真をみて、これが何か分かる人は少ないと思うが・・・。信州の名物といえば分かるのではないか。


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そう、ソバの花だ。白いじゅうたんのように一面に咲いている(下写真)。


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てくがたのブログ ソバには4・5月に種まきをして、7月頃収穫する夏ソバと、8月・9月頃に種まきをして、9月・10月頃に収穫する秋ソバがあるが、これは後者の方である。話を聞くと8月の上旬に種まきをしたものであるそうだ。


ソバは種まきから、3日で芽がでて、20日もすればつぼみができ花が咲く。そして種まきから通常75日でソバの実がふくらみ収穫ができる。


この秋の時期にできるソバはかおりがよく、夏のものよりは一般的には品質が良いとされている。長野県はもちろん全国的各地で「そば祭り」が10月、11月にかけておこなわれるのはそのためだ。そば通にはたまらない季節だ。


長野県はソバの産地であるから、ソバ畑は昔から多かったようだが、近年とくに増えたという話しを地元の農家の方に聞いた。


その理由は、米減反の影響と、手間をかけずに収穫できるということだ。


私達みたいな外部の人間はきれいだなと思いソバの花を眺めるが、農業に従事している人にとっては、自分達の高齢化のため仕方なく栽培しているという複雑の事情もあるらしい。


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もちろん、農業地域であるこの地域は稲作もさかんにおこなわれている。この週末に稲刈りをしたという農家が多く、刈り取った稲を天日で乾燥させるための「はざかけ」が各所で見られた。


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コンバインを使い稲刈りと脱穀を同時にしてしまう場所では「はざかけ」を見ることができない(左写真)。脱穀した藁が束になって無造作に田の中にある。その藁の脇でカラスが落穂拾いをしていた。


かっては藁は草履・ムシロ・俵をつくったり、馬や牛の飼育に利用される貴重な原料で、藁となる茎・葉の部分を稲穂とともに乾燥させる「はざかけ」は絶対に必要な作業であった。しかし藁の需要が少ない現代ではその作業をおこなう必要性がなくなってきている。


てくがたのブログ 右の写真のような田んぼもあった。風の影響か稲が倒れていた。このように稲がなっても、バインダーのような稲刈の機械は入るのだろうか? これを全部手で刈るとなったら大変だ。




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里山辺といえば、葡萄の産地でもある。葡萄畑が多数ある(上写真)。山梨の勝沼みたいに山からの傾斜地に集中して多くあるのではなく、平地の田んぼやソバ畑と混ざりあいながら、隣合った場所に立地しているのが特徴。


この周辺地域には観光客にために葡萄狩りができるところもある。これからが葡萄収穫の最盛期になるが、例年にはない連日35℃近くあった猛暑の影響が心配だ。