もう秋であるが、やっとこの夏に撮影した写真を整理したので、何回かに分けて掲載する。夏休みの宿題を送れて提出するみたいだが、お付き合いしていただければ幸い。
そういえば小学校の夏休みの時、毎年のように「夏休みの友」というドリルの課題があり、2学期の始業式の9月1日ではなく、1週間くらい遅れて提出していたなぁと思い出した。「夏休みの友」って確か昔は全国の子どもたちに配布されていたはずだが、今でもあるのだろうか・・・・・。
今回は、自宅周辺地域を取り上げたい。7月の終わりのお昼過ぎに散歩をした。
私の自宅は、松本市街地北西部の蟻ヶ崎という場所にある。蟻ヶ崎は山に連なる高台部とその麓の平地部からなるが、私は高台部に住んでおり、市街地を見下ろせる場所で眺めはよい。
この高台部は元々木に覆われた場所であったが、昭和30年代から開発がすすみ、現在は住宅地帯になっている。
もともと林であったのを切り開いているので、所々木々が残り、無機質な住宅地という感じはしない。
上の写真は、自宅の庭にいたセミ。毎年夏がくると、朝からうるさい
ほど鳴く。
自然が身近にあるのはいいが、この季節になると必ず家の中にムカデが現われる。中には30cmをこえる大きなものもおり、噛まれて足がはれ上がったこともある。気付けば壁をよじ登っていたり、天井にいたり、また布団の中にいたり、音を大きくたてるわけではないので、いきなり遭遇するといった感じだ。
遭遇したら、ジェット式フマキラーを持ち、戦闘体制。噴射して敵が弱ったところで、恐る恐る何枚も重ねたティッシュペーパーでつかみ、そのまま外に投げ出す。ムカデを見ると「ナウシカ」(by宮崎アニメ)にでてきた蟲を思い出すが、ムカデにフマキラーなんてナウシカに怒られそう。
自宅の裏にあるりんご畑(上写真)。青りんごではなく、まだ時期ではないので青いだけ。こんなりんごを口にしたことはないが、食べたらどんな味がするのだろう。甘くなく決しておいしくはないと思うが。
家庭菜園みたいな小さめな野菜畑も点在している。左の写真はとうもろこし。
このとうもろこし畑の脇できれいにひまわりが咲いていた(下写真)。いくつも咲いているので、種を収穫する目的で栽培しているのだろう。
先に述べたように、私が住んでいる地域は住宅地として近年開発された場所であるが、それと平行する形で墓地の造成も進められた(左写真)。
松本駅前にあった生安寺が、駅前開発のためこの地域に昭和37年に引越し、それとともに寺の境内にあった墓も一緒に移動している。駅前のパルコと花時計公園が、この寺と墓地があった場所だ。
この生安寺の墓だけではなく、市営の墓地も広範囲に造成され、またそれにともない火葬場もつくられている。
この地域は松本では高級住宅地と呼ばれることもあるが、墓がある場所がそう呼ばれるのは不思議である。
よくよく考えれば各地にある「郊外型ニュータウン」は墓地もセットで造成されることが多い。蟻ヶ崎(高台部)は市街地から車で10分と近いが、典型的なそれである。
昭和30年代、40年代に家を建て、ここに移り住んだという人が多く、子どもは成長して家元から離れたため、60歳代以上のお年寄りが多い。
このことは東京の多摩ニュータウンや大阪の千里ニュータウンも同様で、蟻ヶ崎と比較がならないほど規模が大きく、住民も多いので、近年高齢化ということが社会問題になっている。
松本市自体、長野県全体でも、子どもの数が減り、若者が都市に流出するという傾向がある。このようなことはかっては農村地域だけがよく語られたことだが、現在は市街地周辺でも目に見える形で高齢化が進んでいる。私が住んでいる蟻ヶ崎という狭い地域からも、このことが分かる。
そよ風が吹き、ひまわりが揺れている(左写真)。
夏でも夜が近づくと、風が吹き、涼しく感じられるのが松本の特徴。
同じ盆地でも私の故郷の甲府とは大分違う。夏の甲府は風はほとんど吹かず、湿気を帯びた空気が澱んでいる感じで、夜でも暑さが抜けない。
墓地には5mくらいの高さがある地蔵が立っている(上写真)。夕日をバックにすると迫力がある。
自宅に戻ると、近所の門のところで猫がくつろいでいた(上写真)。日が暮れて涼しくなると、猫が現われはじめる。
私がこの場所に住みだしてから7年が経つが、近年猫が増えてきたような感じがする。近所のお年寄りが猫を飼ったり、また野良猫でもかわいがるためだと思う。これも高齢化社会の反映といえないこともない。





