時折見るビデオ
今朝、いつも通りの山歩きをしたのですが、誰もすれ違わない道に珍しく目の前に
黄色いウインドブレーカーを着た30代位の女性が。
すれ違いざまにさりげなく朝の挨拶をしようと思っていたら、自分を見た瞬間に
ハンカチで口を覆って、道のギリギリ端っこまで避けて通りすがれまして。
俺ってバイ菌??![]()
何だか嫌な気分になった早朝でした(笑)
山なんて、色んな菌やウィルスとかそこら中にウヨウヨ存在しているんだけどね。
まあそんなコロナ禍の中ですが、時折見たくなるビデオなんですけど
これとこれ。
チェルノブイリ→太陽の蓋と、順番に見ると言葉としては不謹慎ですが、面白い。
ドラマ・チェルノブイリはドラマなだけに、長編で静かな緊張感の漂う作品です。
日本の映画・太陽の蓋は3.11の原発事故を記者目線で追ったドキュメントタッチな作品。
どちらも「Fukusima50」のような娯楽的エンターテイメント性は皆無ですが、なにか引き付けられるものがあります。
ここ最近やや大きな地震が頻発しているだけに、何気ない日常がどれ程大切な
ものなのか、このビデオを見て思い起こされる今日この頃です。
皮肉なもので
だいぶ寒くなってきました!
紅葉が絶好の時期です。
最近は同じ場所の景色しか撮影していないので、ちょっとマンネリ気分。
でもね、日に日に見える環境が変わるのでついつい撮ってしまうんです。
富士山
そしてこの光景なんて写真じゃ表せ切れないんだけど凄く気持ちいいんです。
そんな中、この札が貼られていた事に若干萎えてしまったり。
自然環境にゴミは存在しないです。
ゴミと呼べる物は人間が作り出したものだけです。
「ゴミを捨てるな」って、そもそもゴミは捨てるものだからゴミと呼ぶ。
「ゴミをここに捨てるな」だとしても、ゴミは必ず何処かに捨てる。
そしてそのゴミを何処かの業者に委託する。
そしてそのゴミは何処かに必ず捨てられる。
山?海?地中?海外?
この見晴らし台の場合、「ゴミを持ち込むな」
丁寧に言えば、「ゴミを持ち込まないで下さい」
人間が消費活動している以上ゴミは作られ出続けるもので、この札を貼った方はゴミを捨てない又はゴミの処分はとりあえず決められたゴミ捨て場で完結する方なのでしょう。
景色の良い見晴台なのでゴミが目障りになるのは分かるのですが、
それは”誰の為”に必要な文言なのかこの札には全く具体性が無い。
たぶんこの答えは、
「私がここに来ている以上目障りな物は見たくないので、
ここにゴミを持ち込むことはしないでください」
つまりはただの個人のエゴイズム。
”目障りな物”がゴミと同等であればこの札も他者から見ればゴミになる。
100%ゴミがリサイクルできる日が来れば”ゴミ”は”資源”に呼び名が変わる。
でもマクロ的に考えれば、今のシステムでは資産と比例してゴミって増えるよね。





































