いつもがさつですいませんねー。
これの駅の写真は、これ1枚きりなんですよ。
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キャノンオートボーイ(ダサ!)で撮影
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今の駅舎・・・歩王様の「まったり駅探訪<中央弘前駅>」
https://ameblo.jp/aru-king/entry-12420187564.html
とくらべると
*「大鰐線/弘南鉄道」の表示が軒下に移動、この写真であった看板のあとは白く抜けています。
軒下は、日陰でこれはこれで見づらい
大鰐線 中央弘前 と一直線にしてはって?いったらおこられますね?
*かべ看板の色が褪色気味
*右側のレイアウトがすこしかわりましたか?
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まー。こんな言葉ばかり書いていますとおこられますので、2点ほど・・・
①どーして、弘前側のターミナルがこのような中途半端(またおこられそー)な位置取りになって
しまったか?・・・もともと昭和23年に「五能線・板柳35.8km」の免許を取得したのが先でこの鉄道は
準備に入り、1年後に免許を得た<弘前ー大鰐間>を先に起工、運転も始まります。
ところが、国鉄、平行バスとの競争に思わぬ苦戦を強いられ、はじめの免許は手放さざるを
得なくなりました。
***<「板柳」はこんなところ
特に縮尺はお示しいたしませんが、「五能線・板柳ー林崎間」の
営業キロは2.8kmです
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「板柳」
江戸期は弘前藩代官所が置かれ、付近の政治的拠点に、
明治期はリンゴがもたらされ、その出荷で大いに
にぎわったといいます。
弘前電鉄⇒現・弘南電鉄・大鰐線はその商業科緒に目を付けたと
いわれています。
計画では途中で、国鉄・弘前によってから板柳にむかいます。
五能線を川部を通らずショートカットして貨客を弘前に誘導する
目論見もあったようです。
なお板柳の人口は現在12000人ほどです。
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②快速列車について
運転開始 昭和56(1981).10.1
運転終了 平成18(2006).11.1
<快速列車>
沿線学校の休校日を除く平日朝には運転されていました。当初の停車駅は
上り・下りともに「中央弘前 - 西弘前 - 千年 - 津軽大沢 - 石川 - 大鰐」で、
後、方面別に停車駅が変更されました。
- 2006年10月31日の快速停車駅(調べえた限りでは最終停車駅です)
- 下り - 大鰐→石川→津軽大沢→千年→西弘前(現、弘前学院大前)→中央弘前
- 上り - 中央弘前→西弘前→城南→千年→津軽大沢→義塾高校前→石川→大鰐
- <参考>日本鉄道旅行地図帳⓶東北 今尾恵介氏 監修 新潮社 平成20年
- 鉄道ピクトリアル 東北地方のローカル私鉄 1987-臨時増刊3 No.477
- 中央弘前駅、昭58(1983).4.1.
了 -
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ガサツなお話にお付き合いいただきありがとう存じました
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カラスのクンセイ 拝

