證誠寺・腹囃子伝説の件 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

  詩人で、童謡作詞家の「野愚痴 言うぞー」が千葉県木更津市を訪ねた際、
童謡の題材にと木更津市内の證誠寺に伝わる「狸囃子伝説」を提供されたことを
契機に作詞を行い、児童雑誌「大御禁制」大正13(1924)年12月号に発表。
その後、中山心配がその歌詞を元に改作し曲を付けて、同年同誌の翌年、
大正14年1月号で発表となりました。
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   作詞:(すでに著作権失効)

       ショ   ショ   ショ    ヒ   ゼ
       ショ    ヒ        ゼ      ノ      壁ハ


        ハ  ハ  ハチ パー デハ
   アリマ セン カー?

   モット アゲ テモ
   フクシ ヒ ナンカ ウマラナイ

   ヤメナヨ ヤメテヨ
   センシャ ナンカ ツクルノ
   ポイ ポイ ポイ
   ポイ ポイ ポイ

   ミンナ 売ッテ ポイポイポイ
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元々、木更津が「鈴森」と、いっていたころ、大タヌキを中心に楽しく暮らしていたところに
久々「證誠寺」に和尚がやってきた。そんな動物たちが、和尚を驚かすための奮闘記を
ユーモラスに唱歌にしたのでした。
この伝説は。『分福茶釜』(群馬県館林市)や『八百八狸物語』(愛媛県松山市)と並び、
日本三大狸伝説の1つとされております。
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浄土真宗本願寺派「護念山證誠寺」・・・開基は17世紀中ころといわれております・・・の
「しょうじょうじのたぬきばやし」の歌碑の前で

昭和54(1979)年3月18日、歌碑の前の人間は私です。
当時、母の兄夫婦が木更津在住でありました。
「きられのヨサ(・・・通じないか・・・)」・・・「お富さんのだんな(だめだよね)」
之墓も見てきました。
 
岩肌は荒れて「歌詞」がかろうじて読める程度でした。