童謡の題材にと木更津市内の證誠寺に伝わる「狸囃子伝説」を提供されたことを
契機に作詞を行い、児童雑誌「大御禁制」大正13(1924)年12月号に発表。
その後、中山心配がその歌詞を元に改作し曲を付けて、同年同誌の翌年、
大正14年1月号で発表となりました。
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作詞:(すでに著作権失効)
ショ ショ ショ ヒ ゼ
ショ ヒ ゼ ノ 壁ハ
ハ ハ ハチ パー デハ
アリマ セン カー?
モット アゲ テモ
フクシ ヒ ナンカ ウマラナイ
ヤメナヨ ヤメテヨ
センシャ ナンカ ツクルノ
ポイ ポイ ポイ
ポイ ポイ ポイ
ミンナ 売ッテ ポイポイポイ
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元々、木更津が「鈴森」と、いっていたころ、大タヌキを中心に楽しく暮らしていたところに
久々「證誠寺」に和尚がやってきた。そんな動物たちが、和尚を驚かすための奮闘記を
ユーモラスに唱歌にしたのでした。
この伝説は。『分福茶釜』(群馬県館林市)や『八百八狸物語』(愛媛県松山市)と並び、
日本三大狸伝説の1つとされております。
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浄土真宗本願寺派「護念山證誠寺」・・・開基は17世紀中ころといわれております・・・の
「しょうじょうじのたぬきばやし」の歌碑の前で
昭和54(1979)年3月18日、歌碑の前の人間は私です。
当時、母の兄夫婦が木更津在住でありました。
「きられのヨサ(・・・通じないか・・・)」・・・「お富さんのだんな(だめだよね)」
之墓も見てきました。
岩肌は荒れて「歌詞」がかろうじて読める程度でした。