そりゃ~、駅舎が合同になるとか言えば、いくらモノグサでもみにいきますよ;石巻、1985.7.14 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
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☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。


 <最近、もっぱら、JR北海道のグチばかり書いてきまして、少し嫌気がさしてきましたので、突然思い立って、「宮城に800型あり」とまで称えられた仙石線を早回りした時のことをかくことにしました>

以前から噂の絶えなかった、石巻線石巻駅(大正元[1912]年、仙北軽便鉄道が竣工)と仙石線石巻駅(昭和3[1928]年、宮城電気鉄道が建築)の両駅舎が、2-3年のウチに、いよいよ今度こそほんとーのホントーに一緒になるという噂が入って参りましたのが、私が大学4年生?ころで(1979年??)、
「これは天下の一大事」と騒いでみたものの、やはり先立つものがありませんとね~・・・

幸い噂はやはりうわさで終わりまして、昭和60(1985)年夏、まだ一緒になっていない石巻駅を見ることができました。
昭和60(1985)年7月14日、仙石線のつまみ食いの旅に出かけました。
もちろん、1日もかけないイーカゲンなもんです。

①まず、入口は多賀城駅。この時点で「市」になって14年。仙台のベッドッタウンとして発展しているのが周囲のにぎやかさから見てとれます。
駅は宮城電鉄開業時からの物を使っていたようでした。
 
②多賀城駅前です。注目すべきは建築物の高さ、塔屋の建て方に各々かなり差があるといったところで、古くからある程度繁華だったところに、
仙台市の人口増加の影響で、新たな建築ラッシュがおこっているといったところでしょーか?
 

③昔から変わらぬ「松島海岸」駅です。どんな角度から撮ろうとしても、どっか、一度は見たことのある構図になってしまうので
途中で、「新構図」の開拓はメンドーになってやめてしまいました。
この頃、五大堂の入館料は¥800もしました。もちろん、入っていませんけど。
  

④こちらの方面にお詳しい方ならすぐお気づきと思いますが・・・これもまた「ふぬけた構図」で「本」塩釜駅です。
あとからみても、珍プレイ集の中に入るかな~?と思います。
 
 
⑤いよいよ目的の半分です。「仙石線」石巻駅です。
縦長の細窓を何連も並べて採光に神経を使った建て方のようです。
大正13年竣工の青梅駅にチョッピリ感じが似ています。
こちらも、青梅も電鉄会社(青梅電気鉄道)の本社社屋+駅舎でした。
誰コンなピンボケとったんだよ!!
 
 ⑥石巻線石巻駅です。重心が低くて、両翼に広いタイプです。「汽車駅」に多い型です。
興味のおありの方は、北海道の中堅クラスの駅写真をご覧になると、納得されると思います。
  
 ⑦各々の建物の大きさは小さくしかとれていませんが、こんな位置関係、左:仙石線駅、右:石巻線駅、でたっていました。
そして両者の間の雑然とした雰囲気もなかなか見事です。
 
⑧⑦の正面に当たる駅前の風景です。
  
  
あわてて出かけて行きましたけれど、結局駅が合同されるのはこの訪問の5年後1990年でした。

震災が来てしまって・・・
こんなことならもう少し丁寧に見ておくか、再訪すべきだったかと反省しきりです。 
                                                             了