「ニセコライナー」を函館まで延長し、座席を増やしたつもりになってみた:年末年始輸送その② | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

チョーシに乗って、しろーとフゼイが考えた、「函館・札幌」輸送量増加作戦、11/24に引き続いての2回目です。

現在の「青森行・はまなす」の前身は「準急・たるまえ」と申しまして、青函トンネル開通前までに、チョコチョコとした変化はありましたが、マルス(火星・・・コラッ!!・・・みどりの窓口のコンピューター指定券類自動発券機)と列車種別整理の関係で、最終的に「急行すずらん」の一角を占めるに至りましたが、基本的には札幌・函館を23:00前後に出発、函館・札幌には6:00チョイにつくといったビジネスには都合のいい時間割で動いてくれておりました。
所要時間は7時間もかかって、日中の約1.5倍程度でしたが。

ところが、青函トンネルができますと、「いい時間帯」に乗客を降ろすのが青森になってしまって、たとえば、「上りはまなす」ですと、札幌22:00発→函館02:52着といった具合で、使いづらくなりいました。

このほかに千歳・室蘭線経由の「快速・ミッドナイト」というのが昭和63(1988)年から平成14(2002)年まで運転して(出だしと店じまいの約1年間は毎日運転の臨時列車)おりました。
ですから、深夜帯の移動でも安価で時間に無駄なくできていたわけです。

※ミッドナイト停車駅:札幌ー新札幌ー函館・・・信じられないかもしれませんがこれだけです。
観光シーズンになりますと増結車(2-3輌の自由席車)がついて、そちらの客だけが(白石ー苫小牧ー東室蘭ー長万部ー八雲ー森)の利用が許されていましたがこれでも充分特急並みのとばしようです。

使用車両はキハ58系列の北海道版のキハ56で、カーペットカー+ドリームシートなどで全車指定としておりました。所要時間は7時間ほどでした(札幌・函館23:30発→函館・札幌着が06:30でした)。

さて、かつての「夜行急行・はまなす」のようないい条件の列車を探す、あるいは創るとなると、容易ではありません(それに、「近いこと」を①である程度やりましたので・・・)。
しかし、既存の列車に細工をするのであればドーにかコーにか、「快速列車程度」のものは作れないだろうか?と思い立ちましたのが、今回の「計画の②」をやってみようとしたきっかけであります。

・・・と見まわしたところ、札幌17:53発の「ニセコライナー」が「細工の相手としてクサイ」ではありませんか?
この列車は、定期運用は倶知安まで、下りは蘭越から札幌までの運用です。
ですから、この間、倶知安→函館→蘭越のヨタ話を作らなくてはなりません。

ところで定期便の「ニセコライナー」は、「キハ201が3輌で1ユニット」とするディーゼル動車の集まりを2ユニットで札幌を出発します。そして小樽で3輌切り離して、残りの3輌で倶知安に向かいます。

終着が倶知安19:46です(下表)。201系はこのように通勤に使用されるだけならいいのですが、基本構造が「3扉、デッキナシ、オールロングシート・・・と長距離をくつろいで乗車できるタイプではありません。

ではでは、
この列車に長距離客に沢山のって頂かなくてはならないのも事実ですし、そーしますと、小樽で打ち切ってありました「1ユニット」をそのまま連れて行きましょう。そして、例えば110km/hr対応車があれば丁度いい・・・ありましたね!!北海道の、キハ54 500番台は110km/hr対応に改造されて(オリジナルは95km/hr)、もとの「急行・礼文」の指定席車に使われて車輌をそのまま2両ほど付けて指定席にしてしまっては?

速度制限上、札幌・函館間286kmのうち、110km/hrを越えて走行できる線区は、
札幌・小樽:33.8kmと函館・長万部112.3kmの51.0%です。そして現在この区間の快速の最高速度は、エアポートの日中便のほとんどが小樽・札幌63.4km/hr、アイリスでの長万部・函館が54.8km/hrと、意外と時刻表上速達列車にみえても高速域を使い切っていません。

所要時間を勘案すると、何も201系でなくともいいのですが、駅間の「ダッシュ!!」を考えるとやはりねー、201系でないと・・・途中介在している稲穂峠(然別・銀山間)、倶知安峠(小沢・倶知安間)はゆーに及ばず、C62重連導入の元凶?となった黒松内ー蘭越分水嶺(旧・上目名駅付近に相当)の、22.2‰連続10km勾配にも201系のフンバリはほしいですね(下記編成表のようになります)。

 
でも、これですと、201系の持っている「電気司令式空気ブレーキ」をキハ54は積んでいませんので、連結できません。
一番近い関係にありますのが、「スーパーとかち」でおなじみの「キハ261 1000番台」であります。

どこが近いかというと、「キハ261」は201系を元にして改良・特急仕様にしたといってもいいほどです。
計画当初は稚内特急に使用、旭川までは785/789系と協調運転という考えもあったようです。
快速列車に2輌だけの特急車輌を連結して走るのも、利用者サービスとして悪くないと思いますが・・・
なんたって、特急のピンチヒッターなんですから・・・

それでは、編成の希望的結論として → [キハ201系3連1ユニット:自由席X2ユニット=6輌] + [キハ261 1000X2輌:指定席]

   (*1)目名駅(札幌起点130.9km)のホームがない副本線に下り2853Dを一旦退避。そのご、当車も本線に入り客扱い。
     <そんなのきーたことねーぞ!そーだ、ふしぜーん!!ゆるされねー!!ワイワイガヤガヤごにょごにょ・・・ウルサイ、
                  ヨタ話だからソー決めたの!
                  熱郛あたりで退避した方が自然なのはわかってるけれど、こっちの方がストーリーとして
                  オモロイデショ!!! とにかく、目名に6分間停車します>
     (*2)「定期列車」への鞍替え表明の準備を蘭越駅で行う時間を20分とりました。「黒松内・蘭越間」の所要時間に
      含まれています。
   (*3)改札は01:00から、車輌も改札がお済になった方からお使いになれます。
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もうひとつのこの列車の欠点といーましょーか、定期列車としての役割も担っており、実際に各駅停車の部分が相当存在するため、所要時間こそ
過去の夜行急行よりむしろ速達の6時間15分(上り)ですが、ドアの開閉音、外気の出入りでの車内温度が頻回に上下するのは、夜行列車としては、
余りカンキョーが良くないと思います。特に下り便ですねー。
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上記「ニセコライナー」の函館までの足りない部分は下記のようにして、デッチ上げました。
☆札幌ー(快速)-小樽築港ー(各駅停車)-倶知安ー(各駅停車)ー長万部ー(各駅停車)-国縫ー(快速)-七飯ー(各駅停車)-函館
 ●札幌ー倶知安:現在就役中の実在のニセコライナーの時刻に同じ。
 ●倶知安ー長万部:2003年8月号の朝の「下り・ニセコライナー」の長万部・倶知安間(現在この列車は、長万部・蘭越間を短縮されました)の時間をずら
  して使用。
 ●長万部ー函館:実在の快速・アイリスの時刻表を時間をずらして使用。
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とゆーことで、札幌・函館間の座席確保に「ニセコライナー」を使ってみてはどうかという点についてでっちあげてみました
結論。
①所要時間はほぼ満足
②車輌環境が長距離向きではない。
③停車駅を整理(倶知安ー国縫、七飯ー函館間)してみてはどうでしょー。

そんなとこでしょうか・・・
なんか不完全ネンショー・・・
なので・・・
以下おまけです。

<昭和30,40,50年代の山線(小樽廻り)の日中の優等列車の「函館・札幌間」所要時間はどれほどだったか?>
という話題をご紹介することにいたしました。

 

内燃化の効果は絶大で、函館・札幌間の所要時間は1時間の短縮(昭和30年代前半の小樽・長万部間の補機はD51でした)。
時速は49.1から57.3km/hrへ。さらにキハ82系のオール2台エンジン化と軌道強化で64.8km/hrと、まあなんとかこの頃の
亜幹線の特急の速度を保っていたようです。

次に、昭和40(1965)年11月1日改正分「函館ー札幌」優等列車の所要時間をご紹介します。
昭和36(1961)年から、
◎千歳・室蘭廻りには道内最初の特急「おおぞら(当時82系)」がはしり、
◎小樽廻りには、同年から、電化が完成した山陽線で余剰となって、軸重軽減工事(前台車の板ばねを16枚から1枚増やすだけ(◇)の簡単なもの)をおえたC62が優等列車牽引に就役した年でもあり、

次第に、
特急は昭和40年には室蘭廻りに3本、引き続き山線にも登場、C62は重連けん引が「大雪」から始まり、ついで「まりも」とその間合い使用でローカル列車1往復も単機けん引が見られるようになるなど、やっと北海道にも「高速化」の芽生えが見られた時期で大変重要な時期であったと思います。
 
◇ 黒羽君成の鉄道小話<函館本線・大沼駅のD52>―撮り鉄気取りが行く <http://www.tsuchibuta.com/hokkaido/kk/20120930/20120930.html>
     もご覧ください。

◇昭和40(1965)年11月1日改正分「函館ー札幌」優等列車<下り列車時間>のランキングです。
●山線(小樽経由)
 ①ライラック101D:5時間0分、札幌終着
 ②宗谷103D:5時間1分、稚内行
 ③ていね101:6時間7分、札幌終着
●千歳・室蘭線経由
 ①特・おおぞら1D:4時間30分、旭川・釧路行
 ②特・おおとり3D:4時間35分、網走・釧路行
 ③特・北斗5D :4時間41分、旭川行
 ④第2すずらん209D:4時間57分、札幌終着
 ⑤第1すずらん207D:5時間10分、札幌終着
 ⑤アカシヤ201D:5時間10分、札幌終着
 臨急・石狩3201:6時間19分、札幌終着
 夜行準・たるまえ1217:7時間1分、札幌終着

・ここでご覧頂いてわかることは、山線の列車番号は100番台、千歳・室蘭経由は200番台で、山線急行の方が歴史的に古いことが分かりいます。
・全体的に見て、昭和40年ころまで、山線の所要時間は「世にいわれるほど」、室蘭廻りに比べゼツボー的に劣っていたわけではありませんでした。
 しかし、この後の室蘭地区の線路改良工事がどんどん進み、山線の近代化が、悪く言えば「放棄された」とでもいえばいえばいーのでしょーか?
 一つの理由として、山線沿線の人口減少がそろそろ減り始め、一方、室蘭地区では鉄鋼業、苫小牧では港湾事業が拡大しつつあったという差が出て 
 きていたという時代背景も重要かと思われます。
 優等列車もドンドン室蘭廻りに集められていきます。

ところで、急行列車の中で「すずらん」の1本の所要時間が短いのにお気づきかと思います。
すずらんは、昭和35(1960)年内燃化に際して、「1等x1+2等x5」の全車指定席、停車駅も整理され「エリート列車」とされました。
昭和40年2往復化の際も、1往復は、初めの頃、全車指定列車として残りました。
昭和43年10月、アカシヤ、たるまえを仲間に加えると、特急が増えてきたこともあったのでしょうか、全車座席指定の重責から解放され、日中の3往復の急行は、ほぼみな同じような函館・札幌間の所要時間になってしまいます。

旧・たるまえを除く、日中の「すずらん」の廃止は、季節列車・臨時列車としてスジは確保されはしたものの、事実上昭和47(1972)年3月で、これ以降時刻表に余り姿を見せなくなりました。

  あんまり、きまぐれすぎて、書きたいことだけ書いてかき逃げですいません・・・・了

◇参考
 ・日本鉄道旅行歴史地図帳「1、北海道」、急行すずらん、P39、今尾 恵介、原 武史 監修 新潮社 平成22年
  ・時刻表に見る<国鉄・JR>列車編成史、P53(昭和36年)、P58(昭和39年)、P73(昭和43年)、三宅俊彦、寺本光照 共著、Can Books、JTB、2011年
 ・道内時刻表 20003年8月 交通新聞社
 ・JTB時刻表  2013年11月 JTB


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