なぜ「風が吹けば儲かるのは桶屋でなければ」ならないか | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

まー、大体ヨタ話としてかたづけられるときに、出てくる例え話ですが、最近めっきり聞かなくなりましいたねー、そろそろ過去帖入りも近いでしょーか?

①大風が吹けば、砂ぼこりのために、目を病む人が多くなる。
②目の悪い人は、音曲で生計を立てようとするので、三味線の胴に張る、猫の皮がほしくなる。
③猫の人口・・・?ニャンコウが減って、桶をかじるネズミが増え、桶屋は、修理に来たり、新たに買い求めたりする人たちが増えるので商売ハンジョー!!

◇一見、論理的?だが、とゆーより、ま、そーゆーこともあるかもね?くらいかなー??
 ①-②、②-③の間はだれしもが納得するほど、世の中でフツーにおこっていますか?
 推論の結びつきに絶対的信頼度が弱いので、結論までいくと、現実性が一気に薄れてしまうのでしょうネ。

ですから、ビジネスの世界でも、あまりにも、蓋然性・偶然性・楽観性に頼る話を「風が吹けば、桶屋が儲かる式推論」と揶揄しているのだと思います。

でもこの話、そーとー古くからあるはずでショ?
では、上に書いてある、②まで行かなくても①についての真偽の程は、どーなのでしょーか?
ホラ、あれですよ、「煙があるところに行ってみたら、あわてて火種を消した跡があった」とかゆーお話ですね(お前、一回、ドッカで診てもらえや)・・・

てねことで・・・
平安時代の絵巻物にはあまりの眼病の多さから絵巻物にこんな様子が描かれているんですってね。
なんと「ニセの医者が、眼病の治療をしている絵」。
平安時代には目を患う患者の多さから、至るところでニセ医者が横行していたというのですが・・・

さらに1000年下った江戸時代、意外にも眼病は減ることはなかったようです。

 日本で初めての西洋式目薬を売り出した岸田吟香。
水戸藩の解体により放浪生活を余儀なくされていた吟香は、31歳のとき、「風眼」と呼ばれるはやり目にかかります。
彼も眼病に苦しんだ1人だというのです。

「風眼」は、激しい痛み・腫れを伴い、さらに角膜穿孔を起こして失明に至る「淋菌性結膜炎」を、古来空気感染することが知られており、風に乗って
うつることからその名がついたといわれております。

吟香は江戸で何人もの医師を訪ね、ひと月以上治療を続けましたが一向に効果はあがらず、
しかし、横浜に「ヘボン」という有名な外国人医師がいると聞きつけ、早速訪ねてみました。
岸田吟香についての物語が記してある「浮世はままよ」によると・・・。
ヘボンは流暢な日本語(浜言葉)でこう言ったのです。
「ダイジョウブ、ナオル(ナオルヂャーン)。」

そして、彼に手渡された紫色の点眼薬で、吟香の眼病はたった1週間で完全に治りました。

1ヶ月も医者通いをして治らなかった眼病が、たった7日で完治した!吟香は心底驚きました。
そしてさらに驚いたことに治療代を払おうとする吟香にヘボンはこう言ったのです。

「治療代はいらない」

皆さん、もうお気づきのことと思いますが、このヘボン先生、ご存知、ローマ字の大家で、そのころは和英辞典を編纂しており、ヘボン先生の厚情に感動した吟香は、3年がかりで「和英辞典編集のお手伝い」をして「和英語林集成」を世に出します。

とまあ、物の本によりますと、カンドー巨編はまだまだ続くのでありますが、

大風が吹けば眼病の人が多くなる、というのは、少なくとも400年以上前の(江戸でしょーね?)市中の衛生状態と、人々の眼病に対する恐怖心、風が吹けば眼病になる人が多かった実態が見えてきそうで、あながち、①の中だけは、当時の人にとっては必然性が感じられて、「風 → 眼病が増える」には<よくできました>を差し上げてもいーのではないのではないのでしょーか?

また、③では「おけ」は当時の日用品の中では高価なものですが、普通の家庭に出るネズミであれば、保存食であるとか、食い残しであるとか、そーいったものが狙われてもいーはずなのに、なんで桶が?って思いません??
げっ歯類のいつもの歯磨きかとも思えば、この文章?成立しますがそんなこと外でやるんじゃないですか???

こいつを作った人間の気持ちの中には、「桶でもやられて余計な出費を強いられろ」という悪意が入っていたのかも?
酔っ払いの作文ですか?
私の考え過ぎですか?

ところで、、一般庶民の手に入れることができる価格であったかどうか?私は知らないのですが、江戸時代から「石見銀山ネズミ捕り(主成分は亜ヒ酸。硫ヒ鉄鉱石を焼いて作るソーデス。実際の産地は近くの笹ヶ谷鉱山で、ドマイナーな名前より石見鉱山の名前で売り出した方が確実に売れると思ったとか)」が商品化されるようになりましたが、

「石見銀山」がうまく当たれば、この狂歌?、「③で取り上げられるほどネズミが増えて、一般家庭の桶が「ジンダイなる被害を受けた」なんて繋がりにはならないはずなんですけどねー。
何か意図的なものを感じますねー。

ま、江戸時代になっても、眼病は多かった、ヨタ話のような三段論法たとえ話にも、ちびっと真実めいたものが入っている場合があるもんだ、と少しだけリコーになっただけでも良しとしましょーか。