やはり、うそつきは悪人の始まりか・・・日光例幣使 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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  せん。

日光例幣使道(松本清張さんの短編?中編?にもあります:タイトルは「日光例幣使街道」)とゆーのがありまして、徳川家康公没後、朝廷から毎年「金幣」を奉納する勅使の一行が日光・東照宮までの行き来に通わされた街道をそう呼んでおりました。


京都から中山道を経て、高崎のすぐ南の「倉賀野」で中山道と分かれ、日光例幣使道にはいります。

幣使道にはいるとほとんど今市までは北上のみで、途中の「楡木・にれき」で小山から今市に向かう「日光壬生道」と合流、今市でさらに日本橋ー日光間の「日光道中に合流して日光に至る道のりでした。


日光例幣使は我々から見ると、斯くもめんどーな、裏道のよーな道中で日光に向かったのでした。

家康公の命日に1867年、すなわち明治維新の前年まで欠かさず行われておりました。

一行は50人位が通例で、4/1に京を出発、16日に東照宮に奉納、帰路は主に東海道を使ったとあります。


なぜ往路と復路でコースを変えたか?はっきり書いた文献はありませんが(「メンドーでたいして探さなかった」とはっきり言っておいたホーがあとで恥かかないんぢゃないの?)、移動が丁度融雪期に当たるため大井川などでの「川止め」にあうと、「金幣の御命日までの御奉納」は不可能となりましょうから、御一行の責任はただの「打ち首」程度では済まなかったでありましょう。それゆえの、往路のみ、最低でも大河がない「中山道の選択」となったかと思われます。


また、こういった、「大御所様クラスのセレモニーの失策」は、連座制の適応となって、よくて、親兄弟断絶、悪くすると、従兄弟や養子に出されている親族まで洗いざらい調べだされて一族取りつぶしにあうでしょう。

なにせ、「十両」窃盗しただけで(江戸初期の一両=13万円)打ち首になっておりました、抑止力刑法の御時世でしたので、チョットのヘマでもとんでもない不幸が襲いかかってくる時代でした。


ま、JR北海道並みの脱線をしちゃいましたので、先を急ぎましょー。

と思ったのですが、高崎南口の「倉賀野」!、あそこから「JR八高線」は八王子まで出ていますが、なぜ「倉八線」ではないのか?鉄道省(戦前)からその線区を通過する列車の起点・終点の両端をとって線名にするといった内規があるようで、ここを通る列車は、高崎と八王子の往復列車ですので八高線となりました。ちなみに「倉賀野」というお名前も非常に珍しく、日本で16000位あたりです。

やっぱり次行けばよかった。



ところで、トーゼンのことながら、例幣使行列の格はとてつもなく高いですし、通り道も距離はとても短いにもかかわらず、時期不詳ながら、日光例幣使道から日光例幣使街道と名前も一新、名実ともに五街道なみの扱いをうけるようになります。


今申し上げたように、一行は元々あった権力、格式などは天皇の名代であり、持参しているものは大御所様の奉納の品々。それだけでも充分すぎるほどでしたのに、今度は自分たちが通る街道筋も「国道」なみの扱いをうけることになったのです。


「さー、もー、この世にこわいものなしさー。この通りを歩いている間はさー。

お上(時の天皇)は家康公のお宝を俺達宮中の下っ端が運んでいるから、人手がとられるだのなんだのって文句いいなさっているが、つまるところ、幕府にメンツつぶされてるだけじゃねーの。

俺達くらい、下になれば、カンケーないし、遊びながら日光にいっても間に合えばいいのさ」


お上だの、東照宮様だのを、かさにきて、悪いことをする奴がいたんだ、これが。


たとえばさー、カゴを用意させて乗ったはいいけど、わざわざ自分でユサユサしてカゴからこけるわけ。


するってぇーと「この<ぶれーものぉーっ>てぇーことになるでしょ」?


宮中の人間てさー、いくら身分が低いからといっても、かごの担ぎ手さんよりは高給取りでしょー。自分より身分が低い、おそらく安げっきゅーなはずのれんちゅーにかみついて、ぶれー者はふつーないよねーって思うでしょ?

それでもやっちゃってたわけ。店の主人を引っ張り出して、「お宅の、籠かきさんのきょーいく、どーなってんのよ」とかいーながら、店の金、ねこそぎださせる。そこらへんの頭の回転は一流。


「ゆする」てのは「かごをゆする」あたりから来てるみたいだけど、さすがに、時間がたつにつれ、これこれは要注意人物とかお触れを回すようになったみたい。


当たり前だよね。


いかにもコ役人だよね。


今も昔も・・・あいもかわらず・・・たかる人種はきまってる・・・