●左上:渡島半島全図
●A:雲石峠、B:JR八雲ー山越間、C:JR姫川ー東山間。
■ドーモ、手製の地図はきたなくなって、ご迷惑をおかけいたします・・・スイマセン・・・
私の一家は、昭和30年代末(1965年代直前)、後志支庁(現・振興局)の日本海に面した寿都町というところにすんでおり、函館市近郊には父方の親族が在住しておりました。
この親族は当時、すでに高齢でしばしば体調を崩すこともあり、父が時々様子を見に行っておりました。
雨の日の見舞いは、「今日の八雲あたりは大丈夫かな。なんせ、一週間に8回曇るから八雲っていう名前になったらしーぞ」と、私と母の耳にタコができるくらい、このおやじギャグを飛ばしてから必ず自分一人で出て行くのでした。
それから、「ウチの親族は俺の問題だから」ともいって・・・
しかし、悪天候の日、函館往復を途中に八雲があることだけで本当に嫌っておりました。
私は、中学生になって、突然この話を思い出して、調べてみると、日本海岸の熊石町(現在は八雲町の一部)と、内浦湾の八雲町を結んだ東西の距離が渡島半島の中では最短で、昔から天気が変わりやすいところで有名だったそうです(左上の地図が渡島半島全図)。
確かに、自分で車を運転して雲石峠を昭和58(1983)年に西から東、また反対方向と片道ずつ違う機会に通ってみましたが、晴天の1回目はごく普通のカーブが多少きつい山道程度(当時はまだ未舗装)と感じましたが、2回目は霧深く、コース取りに苦労しました。崖下転落ホヤホヤといった車があったのが印象的で、これは嫌な天気に捕まったら大変だろうなーと思いました。
今年になり、JR北海道は特急車輌のエンジントラブルを中心とした厄災続きで、加えて、8月9,17日に道床が豪雨で流出、枕木が空中に浮かぶなどしており、2010年にも同じ場所でほぼ同様なことが起こっておりました。その前日、17日の前には、JR八雲とすぐ南のJR山越間が土砂でうまり不通になっていた箇所でした。
また、18日には、東山・姫川間(オレンジ枠地図赤線)では土砂崩れが付近を走る特急により発見され、乗客は代替バスに振り分け輸送となりました。
同区間は19日復旧宣言を出しております。
*臨時特急列車:小樽廻り、8/10-8/25予定、一部バス輸送
<上り>
●特急ワッカ:札幌発:06:57-長万部着:10:20→ワッカアクセスバス長万部10:40発ー函館13:00着
●快速エアポート131:札幌発:13:44-小樽着14:16→特急ヌプリ小樽発14:30→函館18:58着
<下り>
●特急ヌプリ:函館発08:12発ー小樽着:13:08→区間快速いしかりライナー:小樽発:13:11-札幌13:52着
●ワッカアクセスバス:函館発11:30ー長万部13:40着→特急ワッカ長万部14:08発ー札幌18:27
☆ワッカ・ヌプリ長万部・小樽間停車駅(同一):黒松内ーニセコー倶知安ー余市
いろいろ知恵を絞りましたが、7月期は9月ぶりに1.5%の減収減益になったそうです。8月はもっと大赤字になるでしょう。
八雲ー落部付近は別線化(+覆道化)するか、低層でよいので、橋げた式にかさ上げして、スラブ軌道にしておかないとまた同じことの繰り返しになるでしょう。
東
山・姫川も同様の対策でいいのですが、線形が悪いので曲線改良工事か、列車密度も高いので、国定公園サイドから「オスミツキ」がいただければ、ここ一箇所くらい、高架複線にしたらいかがなものなんでしょうね?
景観、自然保護も確かに大事とは思います。
でも、そこに暮らしている人々、行き来する人々、
さらに、そーいった人々からカネを巻き上げ・・・徴収して生活が安定している方々が多数おいでになること
も忘れてはならないことかと思います。
まー、どーせ、しろーとの遠吠えといわれるのがオチですけれど・・・
