日本人は、有名どころを「三ヶ所」集めるのが好きなようです。
まず日本三景から始まって、日本三大祭り、日本三大瀑布、日本三大古橋・・・
そんな中、日本三大家具生産地がありました。
「ありました」と申し上げるのは、私の学生時代(昭和40年代後半-1970年代前半)には、北海道・旭川、岐阜・飛騨高山、福岡・(筑後)大川をそう呼んでいました。
皆さんにも考えてみていただくと「旭川や高山は近くに日本有数の原生林がありました」ので、家内工業としてスタートした時点を振り返っても、家具・その他木工工芸品が発達したのは御納得がいくかと思いますが、
大川だけは、港湾都市というと大げさですが、港町にどーして家具工業が発達したか?ということを、私は習った記憶がありません・・・その頃の私は、地理は得意技の一つだったはずなのですが???思い出しませんでした。
話としては簡単で、家具工業発達の影には「船大工」という職能集団の存在が大きく関係していて、筑後川周辺の船大工が製造していた箱物が「大川家具の元祖」といわれています。
これらの技術は、室町時代から引き継がれている、長い歴史を持つ伝統工芸でありました。
しかし、現在の大川家具の体系的基礎作りをした大工さんは、江戸時代後期に長崎で修行をして、細工技法を持ち帰った田ノ上嘉作氏であるといわれています。
そして、今や大川市は家具生産高では日本一であります。実際、量産家具の製造会社が多く、ありとあらゆる家具を製造しています。
なお、現在、家具については、この三ヶ所のほかに静岡、広島・府中、徳島の3か所を加えて6大生産地と呼ぶのが一般的のようです。
今回、時々、頭の中の地図帳もリフレッシュしないとだめだと大いに反省しました。
先日見たTVでは、太平洋ベルト地帯にある工業地帯の中で、「北九州工業地帯」はその生産能力をじりじり下げて、「北九州工業地域」に近年格下げになったそうで・・・
そうすると、ベルト地帯内の「工業地帯」は、「京浜」「中京」「阪神」の「三大工業地帯」になってしまったようです。